ビバ、オーケストラ♪⑪
たしかに部長の言うことは正しいと思う。
演奏を聞きに来てくれている人の前では常に完全でなければならない。
学生だからと言っても、お金を取っているのであれば、それはなおさらのこと。
最初ダメで、あとが良かったから良いなんて理屈は通用しない。
オーディションを受けている緊張感さえなく、目の前にいる滝沢さんたった一人に気を散らし、動揺して音を乱す。
今日の私の演奏では不合格になるのが当たり前だ。
河原の練習場の延長線。
私を助けてくれたみんなにも申し訳がないし、その私を擁護するために抗議してくれようとした江角君たちにも迷惑を掛けた。
みんなとオーディションを受ける前に集まった中庭のベンチに戻る。
「ごめんなさい」
腰掛ける前にみんなに謝った。
「一体どうしたんだ?いつもの鮎沢らしくもない……」
江角君に叱られた。
まあまあと伊藤君が宥める。
「来週頑張ればいいよ」
美緒が慰めてくれる。
珍しく、コバに叱られた。
「鮎沢さん。一体何を考えていたんですか?こんな事、高校の三年間では一度も無かった」
「ごめんなさい」
謝るしかなかった。
謝って誤魔化すしか……。
だけどコバは許してはくれなかった。
「演奏を始める時、会場を見ましたよね。そこで何を見て、何を思ったのですか?!」
「……」
「じゃあ、言葉を変えます。誰を見て、悲しくなったんですか?!」
ハッとして顔を上げる。
いつも、のんきそうに見えるコバの予想外の質問。
たしかに、あの時私は滝沢さんを見て悲しくなった。
「言ってください。でないと次もまた同じ結果になる」
厳しい口調から、いつもの穏やかな口調に戻ったコバの声に胸が熱くなる。
だけど、これは私だけの問題。
言えるはずもない“嫉妬心”
「僕は、また高校の時みたいに鮎沢さんと一緒に演奏するのを楽しみにして、ここを選んだ。伊藤君や美緒さんも中学の時と同じように鮎沢さんと演奏するために、ここまで来た。だから話して欲しい。正直な気持ちを」
江角君の暖かい手が私の手を包む。
“俺も鮎沢と一緒に演奏がしたい。だから、どんなことでも話して欲しい”
言葉には出さなかったけれど、江角君の心の声が届く。
私は江角君の手を見つめて言葉にならない声を返す。
“ありがとう。でも、江角君にはもう我儘は言わないから”
そして目を合わせると、江角君がコクリと頷いた。
私はコバに顔をあげて、理由を話す。
「嫉妬です……」
「嫉妬?」
江角君とコバ、それに美緒までもが驚いて私の顔を見て言った「誰が、誰に?」
「まぁまぁまぁまぁ、これ以上は良いんじゃないかな、一応理由は分かったんだから」
伊藤君が、慌てて中に割って入り、話題を止めようとする。
でも私は正直に打ち明けた「私が、滝沢さんに」と。
「恵茉に?!どうして?」
一番驚いたのは江角君。
何故、江角君が驚くのか、私の方が驚いた。
「だって、滝沢さんは彼女なんでしょ」
「従妹なのに!?」
「――。従妹?!」
私と同時に伊藤君が、そう声を上げた。
「だって、最初に紹介した時に言ったじゃないか、従妹だって」
最初に紹介した場面を思い出す。
そう、あの時は私の隣に居た伊藤君が急に大声を上げたので途中から何も聞き取れなかったのだ。
伊藤君を振り向いて見ると、そこにはバツの悪そうに引きつった笑顔があった。
「伊藤!」
江角君が怒ると、伊藤君はすかさず土下座の体制にはいり謝った。
「ゴメン!俺、てっきり恵茉さんが江角の新しい彼女とばかり思っていたんで、しょっ紹介の時にそれを言わせまいと思ってつい大声を上げてしまって。ホント御免!」
「信用……」
江角君が伊藤君にそう言いだすのを見て、その言葉の最後をコバが止めたのに気が付いて「ゴメン、チャンと話していなかった俺が悪い」と江角君が謝ってくれた。
「いいよ、私の方こそチャンと聞けなくて御免なさい」
「じゃあ来週頑張ろうね」と、コバが励ましてくれる。
「いやぁ~。これにて一件落着ですな」と、起き上がった伊藤君。
「全部アンタの、せいだろ」と、美緒の呆れた声に伊藤君がまた土下座に戻った。
春の暖かな風が、広い海の香りを運んできた。





