ビバ、オーケストラ♪⑦
滝沢さんは既に部員だったらしく、他の部員に交じって聴く側の席に着く。
そして一番はコバ。
曲目は、バッハの『ファゴットソロの為の三つの小品 第二曲』
単調で他に比べると余りリズミカルでない曲目だけに、ファゴットの腕前が試される曲を見事に演奏した。
二番目の美緒は、映画『アニー』の名曲『Tomorrow Annie 』
この映画は、名もない音楽好きの少女が一流の歌手になって行くまでのお話しで、これをオーディション用に持ってくるところは、美緒らしい素直な選択で、その演奏にも素直さが現れていて好感度が高かった。
三番目は伊藤くん。
曲目は『Friday night fantasy 』
これは昔テレビの映画番組のオープニング曲として使われてヒットした曲で、トランペット愛好家なら一度は必ず演奏する曲。
これを持ってくるのはさすが、お調子者の伊藤君らしくて微笑ましい。
もちろん高校の時に県立の吹奏楽部部長を務めただけあって、中学の時みたいに高音域での失敗もなく完璧に演奏をこなした。
四番目の江角君が呼ばれて席を立つ。
見上げる私に、そっと目を合わせてくれ“頑張って来る”と合図を送ってくれた。
そして、その優しい目は次に傍聴席にいる滝沢さんにも送られた。
演奏曲はエルガーの『愛の挨拶 op.12 』
江角君の演奏するヴァイオリンの特徴的な、透明感のある音色が私の心にも会場全体にも良く染みわたっていて聴いていて心地よかった。
しかし、その感慨深さは私に不幸をもたらす。
演奏を終えた江角君が、一番に目を合わせるのは私だとばかり思っていた。
ところが江角君の目が注がれたのは、滝沢さん。
おまけに手で小さなガッツポーズの真似まで――。
みんなの演奏に酔いしれて忘れていた感情が、まるで氷柱のように伸びてきて胸を刺す。
席に戻ってきた江角君が腰掛け、私に何か話そうとしたのを無視するように、私は呼ばれてもいない前から席を立ち、その声を拒絶した。
なにも知らない伊藤君が調子に乗って「いよっ、千春頑張れよ!」と声を上げて部室の皆を笑わせる。
そう。
みんなの前に立つ私は笑いもの。
江角君に夢中になり、一緒に恋人の聖地めぐりをしてのぼせてキスをせがんでいたというのに、その江角君には滝沢さんがいたのだから。
私の選んだ曲はチャイコフスキーの『白鳥の湖』





