別れと始まり①
「ありがとう♪ 気を付けて!」
家に着いてロンと車を降りて、江角君にお礼と別れを告げ、走り出した車が小さく見えなくなるまで手を振り続けていた。
やがて車がいなくなり、振っていた手を降ろして家に入る。
「ただいまー」
「おかえり。楽しかった?」
「うん、とっても。ロンも江角君に沢山遊んでもらったよ。ねぇロン」
そういう会話をしながら、玄関先でロンのブラッシングをして、体を拭いてあげてから家の中に入った。
直ぐにお風呂に行くと、ロンも付いてきたので「昨日入ったから今日は駄目よ」と、その立派なお鼻をツンしてあげた。
湯船につかると、温かくて気持ちいい。
お湯の中に浮かべた黄色いアヒルのお人形さんを見ながら、今日あったことのひとつひとつを思い出す。
いつも、どんな時だって、江角君は私を見てくれて、私の声に応えてくれる。
そして、暖かく優しいキス。
ロンにも友達や家族のように接してくれるし、イケメンで秀才だし私にはもったいない事くらい分かっている。
だけど、聞いておきたかった。
滝沢さんとのこと。
結局、私は江角君の作ってくれた素晴らしいステージの中で、江角君の奏でるリズムに乗って楽しく踊っていただけ。
結局、何も聞けなかった。
あと1か月も経たないうちに、学校が始まる。
4月から江角君は違うキャンパスに行く。
もう一緒に学食で昼食を取る事もなければ、休憩時間に池の傍のベンチで取り留めのない話をすることもなく、肩を並べて校門を通り抜ける事もない。
そうしている間に、江角君の心の中で私と言う存在が薄まって行き、やがて忘れてしまうことが当たり前になってしまうのではないだろうか?
そんなことを思うと、不安になる。
今日、楽しかった分だけ、悲しくなる。
「くぅ~ん」と、ロンの欠伸する声が、私の悲しい気持ちを飲み込んだ。
お風呂場の時計を見ると、いつの間にかお風呂に入って1時間が経とうとしていた。
手を裏返してみると、しわだらけで可笑しくなる。
「ハイハイ、ごめんね。お待たせー」
浴室のドアを開けると、そこにはスヤスヤと寝ているロンがいた。
「疲れちゃったね」
ロンの頭を撫でて、髪をドライヤーで乾かす。
いつも使うターボのボタンは押さずに弱のボタンを押して、ゆっくり優しく乾かした。
髪が乾くのを待っていたように、ロンが起きてくれたので一緒に歯磨きをして、二階に上がる。
ベッドに入り、横のベッドサイドにいるロンに「楽しかった?」と聞くと、私のパジャマの胸の中に頭を潜らせて甘えて来た。
屹度ロンも私と同じ。
楽しかった大きさの分だけ、切ない気持ちになったのだ。
「いいよ、おいで」
私が、ベッドの中にロンを誘うと、直ぐに上がって来て私の顔をペロリと舐めた。
「駄目よ、くすぐったいから」
そう言うと、ロンは丸く純粋な黒い瞳で私を捉える。
私はその顔を優しく抱いて、その鼻先におやみのキスをした。
顔を離すと、もうその大きな瞳はトロンと閉じられようとしていた。
「おやすみロン。またあした」





