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春の海㉓

「さてと――」


「気合入れなくちゃね♡」


「やだ。もう、お母さんたらぁ~」


 お母さんが囃し立てるものだから、ロンも調子に乗ってじゃれ付いて来る。

 でも、まあ、気合入れなくては……。

 直ぐにロンと散歩に行って来て、それからその体を拭いてブラッシングして、朝食をあげる。

 ロンが朝食を食べている間に、私はシャワーを浴びる。

 休日の日に外出するときは、ロンの散歩を終えてからシャワーを浴びて出て行くことは多い。

 だけど今日はデートの日。

 体を綺麗にしているのが、江角君のためにしているみたいで、なんとなく今日はチョッと恥ずかしい。

 ロンが一緒に居るのだから、そんなことありえない。

 でも、万が一、江角君に体を求められたら……。


“きゃー!何考えているんだか私ったら!”


 お風呂場の曇った鏡でも直ぐ分かるくらい、顔も体も真っ赤に染まっていた。


 脱衣場に出ると、ロンがそこに居た。


「もう、こっそり聞いていたでしょう」


 そう言って、頭をコツンとしてドライヤーを掛け始めた隣で“なにやっているんだか”と呆れるように欠伸をしていた。


“たしかに、一人で勝手に想像して、何やっているんだろう……”


 髪を乾かせ終わると、両サイドだけ編んでみた。

 なかなか似合う。

 それから二階に上がって軽くお化粧をして、服を着替える。

 今日着て行く服は、昨日のうちに入念に決めてハンガーに吊るしてある。

 いつものスカートではなくて、今日はジーンズ。

 ロンも一緒だし、運転を替わってあげることも考えると動きやすいラフな格好の方が好い。

 上は、マリンブルーとホワイトのTシャツの上に、淡いスカイブルーのカーディガン。

 全体が青系なので、両サイドに編み込みをした髪の上には、えんじ色のベレー帽を被り、首にスカーフを巻く。

 そしてバックは肩から掛けられる革製のトートバック。

 いつものように、着替える私を、まるでファッションショーをみる観客のように喜んで見上げてくれるロンの顔が嬉しい。


「どう?似合うかしら?」


 ロンにポーズを決めてそう聞く。

 答えは知っているのに。

 ロンは、いつも通り、ワンと喜んでくれた。

 私は、可愛い可愛いロンの頬を抱き閉めて、鼻先にキスをする。

 それから、トートバックの中身を確かめてから階段を降りた。


「お母さん、どう?」


 お母さんにも、ロンのときにしたのと同じポーズをとって見せると、こちらも「良く似合っている」と褒めてくれた。

 お母さんは、パートに行く準備をしていたのに手を止めてチャンと見てくれたことが何よりも嬉しかった。


「食器、洗っておくから」


 丁度、洗濯物を干しているお母さんに声を掛けると「ありがとう」と言われた。

 私がホンノ少しでも、家のことを手伝うと、お母さんはいつも有難うと言ってくれる。

 私もお母さんにいつも有難うと言わなければと、食器を洗いながら思った。

 食器を洗い終わり、暫くすると、待ちに待った江角君の車の音が聞こえて来た。


“もしも、助手席に滝沢さんが居たら――”


 喜んで玄関に走って行く、ロンの後ろ姿を追いかけながら、急に不安な気持ちが通り過ぎた。

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