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春の海⑲

 インフルエンザで休んでいたあと、学校で真柴さんが教えてくれた。

 私が休んでいる間、江角君の隣にはいつも滝沢さんが居たこと。

 昼食の時も、帰るときも。

 そして、江角君がインフルエンザで休んでいる間、その滝沢さんも大学に顔を見せなかった。


「千春、頑張らないと滝クリに彼氏取られちゃうぞ!」


 と、忠告もしてくれた。

 真柴さんは竹を割ったような性格だから、なんでも、どんなことでもストレートだから全然悪気が無いことは分かっている。

 だけど、私は何も出来ずにいた。

 夏の海、秋のコンサート、そして冬のスキー。

 どのときも運転免許を持っていなかった私は、なんの役にも立たず、ただ車でのんびり寛いでいるだけ。

 特に、秋のコンサートの時には“恋人の聖地めぐり”をするために、私は一人で運転してくれている江角君を連れ回しただけだった。

 しかし、こうして実際に運転免許を取ってみたところで、隣に居てくれるはずの江角君はいない。

 そんな寂しい思いをしていた3月。

 江角君から電話があった。

 一緒にドライブしないかというデートのお誘い。

 しかも楽器持参で、ロンも連れて来てOKという私にとって、この上もなく有難い条件付き。

 電話を終えたあと、心が燃えるように熱くなる。

 これぞ情熱の、いや激情のマグマ。

 その日のうちに、私はロンに見てもらいながら、まるで着せ替え人形のようにデートに着ていく服を選んだ。

 ロンはどの服を着ても似合うと褒めてくれるように喜んでくれる。

“ひょっとしたら、着替える私の姿を見て喜んでいるの?”

 とも思ったが、まあ、それはそれでその日は嬉しかった。

 結局、ロンは私が喜ぶ顔が一番好きなのだ。

 着て行く服も選び終わると、今度はデート迄の日にちが待ち遠しくなって、まるで時間を費やすようにオーボエを持ってロンと散歩に出て、河原で練習をした。

 江角君の好きな曲を失敗するわけにはいかない。

 江角君の好きな曲の他にもヴァイオリンに合いそうな曲を何曲も夕方まで練習した。

 夕焼けの赤色が、まるで江角君の優しい笑顔に見えた。

 家に帰ってロンにブラシをかけているときも、江角君の髪を撫でるように優しく愛おしくなり、ロンに甘えながら時間をかけて丁寧にして、仕上げの蒸しタオルも江角君の体を拭くように甘くかける。

 晩御飯も、何故か豪華なディナーを江角君と食べているようにキチンとお淑やかに食べて、お母さんから何か良い事でもあったの?って、聞かれる始末。

 もー、何でも、どんなことでも江角君のことが頭から離れない1日だった。


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