春の海⑱
一月が過ぎ、二月も後半となると強い関東の空っ風に交じって、穏やかで暖かい日も少しずつ増えて来るようになった。
最近の私は忙しい。
大学とバイト、それに自動車教習所にも通い始めたから、平日で夜の九時を前に家に着くことは先ず無い。
兄の勧めで、マニュアル車の教習を選んだ。
今時の車で、マニュアル車というのはスポーツカーか古いトラックくらいなのでオートマチックでも良いと思っていたのに、珍しく強く進められた。
それは、兄が私の大学の立地を心配しての事。
もしも、強い地震に見舞われた時、神奈川県南部は酷い津波被害が予想される。
命を守るためには、放置された車だって活用できれば活用するに越したことはなくて、その車がもしマニュアル車だった場合運転できなければ仕方がないという理由。
でも、放置されていたとしても、それは人の車。
地震だからと言って、勝手に人の車を使うのは良い事ではないはず。
でも、兄はそれをしろと言う。
それが命を守る行動だからだと……。
いつもクールな兄のくせに、本気で私の事を心配してくれていて嬉しかった。
正直、車の運転は、したくは無い。
特に私のような女性だと、最近ニュースでよく出てくる“あおり運転”の被害に遭いそうで怖い。
つい先日も、バイクをあおった末に追突して殺してしまう事件があったばかりなのでなおさら。
被害者の人が言った『故意に人を犯しても、車を運転していれば、殺人罪にはならないのか』と言った言葉が頭を離れない。
故意か過失かなんて、運転した本人にしか分からない。
車を運転する以上、自分が加害者の立場になることだってある。
いつも茂山さんや足立先輩それに江角君の車に乗せてもらっていて、なんにも思わなかったけれどイザ自分がこうしてハンドルを握ってみると、くしゃみをすることだって怖いと思う。
教習が終わって家に帰るとき、江角君のことを思い出して切なくなった。
結局、江角君は私とバトンタッチするように、インフルエンザで1週間休み、そのあとから私が自動車教習所へ通い始めたから、殆ど話をしていない。
春から別々のキャンパスになるというのに、こんな時期に疎遠になるなんて信じられないくらい寂しい。
そして、私が運転免許を取ったころには、大学自体も休みになり、合うことも無くなった。





