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春の海⑭

 ベガが見えて来た。

 さっき見た太陽と違って、オレンジ色ではなく、その色は少しだけ青みを帯びた白色。

 まるで雪の上で光るダイヤモンドのよう。

 ロンと二人、目を丸くしながら、その神聖な輝きをズット見ていた。

 ベガの熱で顔が火照る。

 フッと、その光を黒い雲が隠して行った。


「なんだろう?」


「羽衣さ」


 ロンが答える。


「羽衣?」


「そう。天女の羽衣」


「そうかぁ♡」


 そんなこと、あるわけないと思いながら、屹度そうだと思った。

 天女の羽衣は、火照った私の顔を撫で、その熱を優しく掬い取ってくれた。


“ああ、なんて気持ちが好いんだろう――”


 天女が去って暫くすると、目の前にあったベガが消え、オレンジ色に光る星が見えて来た。


「太陽だ」


「おかえり。戻って来たんだね」


 一緒に居たはずのロンに、そう言われて嬉しかった。


「屹度、江角君が待っているよ」


 更にロンが言葉を添えてくれる。

 そう。

 今頃江角君は、自分がどうしてここに居るのか分からなくて戸惑っているはず。

 だけどクールな江角君の事だから、慌てたりソワソワしないで、月にでも腰掛けて待ってくれているはず。


「行こうロン! 行って今度は三人でロンの星と、江角君の星も観に行こうよ!」


「そうだね。あの日約束したように、一緒に行ってみよう!」


 ロンと手をつないで青く輝く星、地球を目指す。

 江角君は、その隣で寄り添うようにクルクルと周る月に腰掛けているはず。





 カタカタとドアを擦る音が聞こえる。

 オレンジ色に柔らかく輝く光の周りに、薄っすらと浮かびあがる白い宇宙。


 いいえ、これは宇宙ではないわ。


 これは……。


 これは――。


 カシカシとドアを撫でる音が聞こえた。


 そう。


 これは、天井。


 そう思った途端、何百光年も時を移動してきたような感覚が急に襲って来て、目の前にある世界の色が変わった。

 そう。ここは私の部屋。

 机も本棚も、ハンガーに掛けてあるオーバーも、あの時のまま。

 いつの間に取り換えてくれたのだろう、水枕が冷たくて気持ちいい。

 カタカタと、またドアが鳴る。


「ロン!?」


 私の問いかけに、ハアハアと息を鳴らして答えてくれた。

 大袈裟に違いないと思ったけれど、屹度私は魔王の誘う言葉に唆されずに戻って来ることができたのだと思った。

 それは私自身が強く望んだからできた事ではなく、お母さんが入れ替えてくれたこの冷たい水枕や、ロンが魔王を威嚇して鳴らしてくれたドアの音。



 そして――。



 合いたいと思う気持ち。


***参考***

魔王の誘い=シューベルト作『魔王』(日本語版)

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