春の海⑥
容姿も性別も人種も、言葉や年齢、いやもっともっと大きくて時間や生物の種類さえ無い世界があればいい。
そして、その世界では全てが心で見え、通じ合える。
そしたら、ロンと話すことも出来るし、男の子を好きになったとしても厄介な、体のお付き合いなんて気にしなくて済む。
正直、あの夜江角君に胸を触られたことで私はビビっている。
里沙ちゃんとか女子同士だったら、揉まれたことなんて何回もある。
ただ、触れられただけなのに。
「おはよう!」
駅のホームで、江角君に声を掛けられてドキッとする。
電車に乗り、隣に江角君が並ぶとドキドキする。
肩が触れるたびにビクッとする。
“意識過剰”
江角君の話す言葉なんて、なんだか上の空で聞いている。
大学に着いて別々の教室に分かれた後、ホッとするとともに“何しているのだろう?”と後悔してしまう。
時間を朝の駅のホームに巻き戻したい。
そしてもっと素直に“おはよう”って明るく挨拶を交わして、以前そうしていたように手を繋いで楽しくお喋りをしたかった。
授業が始まっても、その後悔ばかりしていて先生の声なんてひとつも耳に届かない。
それなのに、お昼が近づいて、これから江角君と食べるのだと思うとまた憂鬱になる。
「ねえ千春!お昼一緒に食べない?」
同じクラスの真柴さんに誘われて、ボーっとその顔を見上げていた。
「あつぉうか、千春は彼氏と一緒に食べるんだったよね」
思い出して、真柴さんが残念そうな表情で言う。
「いいよ。一緒に食べよ!」
思わず、そう返事をしてしまい、江角君にクラスの友達とお昼一緒に食べることになったとメールをした。
メールを打つとき手が震えていたけれど、打ち終わったときには“これで良いのだ”とホッと肩の荷が下りた気がした。
食堂で真柴さんと横溝さん、伊沢さんと四人で楽しく食事をしていた。
お喋りをしながら、私はずっと入り口を気にしている。
江角君の事が心配で堪らなかった。
もしも江角君が一人でポツンと入ってきたら……。
もしそうなったら、みんなにことわって江角君の傍に行こう。
行って謝ろう。
そして、今朝から甘えなかった分だけ甘えよう。
そう思っていた。
そして江角君が現れた。
私は腰を上げかけて止める。
江角君は七・八名の男女のグループに囲まれていた。
そのみんなが、江角君とお昼を食べることを楽しみにしていたみたいに燥いでいる。
急に詰らなくなる。
江角君と毎日食べていた昼食が懐かしい。





