ホワイトクリスマス⑯
“熊!?”
私は、驚いて後ずさりする。
木の根っこが、悪魔の手のように足をすくい、バランスを崩す。
何も出来ないでいる星たちが、遠くで私を見守る。
黒い影が、覆いかぶさるように私に近づき、そして強い腕が背中に回された。
その腕に支えられ、スローモーションのように雪の中で仰向けのまま転ぶ。
私はもう熊に食べられるのだ。
悲鳴を上げると、心配した江角君がここに来る。
いくら江角君でも、熊には敵わないだろう。
だから、悲鳴は上げない。
せめて私が熊に食べられている間に、クマに襲われずにペンションまで無事に逃げて欲しい。
私は目を閉じて観念した。
「鮎沢……」
江角君の声が聞こえる。
「私に構わず、逃げて!」
「あゆさわ」
目の前にあるのは江角君の顔。
「く、熊は?」
「ゴメン。熊なんて最初からいないよ。脅かそうと思ったら、勘違いさせてしまった」
その言葉に、暗い茂みの中から飛び出してきたのが江角君だということが、ようやく分かった。
緊張の糸がプツンと切れるのが分かる。
雪の上、仰向けに倒れたまま、私は子供のように泣き出してしまった。
流れ出る涙を、江角君の優しくて暖かい手が、何度もすくってくれる。
「怖い思いさせてしまってゴメン」
江角君が、涙をすくうたびに謝る。
「いいの。熊じゃなく江角君だったから」
ようやく涙が止まり、仰向けの私に覆いかぶさるような姿勢の江角君に言う。
「でも、ありがとう。熊から俺を救おうとしてくれて」
そう言って江角君は、私の隣で体を横にした。
馬鹿みたいに、ひとりでパニックになったことが恥ずかしくて両手を覆いかぶさっている江角君の背なかに回して、その胸に顔を埋めた。
倒れたとき衝撃が無かったのは、江角君が庇ってくれたから。
そう思うと、また涙が出てきた。
埋めていたはずの江角君の胸が少し離れ、暖かい指が私の顎を持ち上げる。
まだ涙で潤んだ目を開けると、直ぐそこにあったのは江角君の優しい顔。
「ありがとう。ちはる」
はじめて名前で呼ばれたかと思うと、江角君の目から一滴の涙が私の頬に落ち、そして次の瞬間には江角君の唇が私の唇を捉えていた。
私は、江角君の背中に回していた腕を首に回し、何度も何度もその熱い唇を受け入れた。





