恋人たちの聖地⑫
次の日は、全国吹奏楽コンクールの行われる名古屋国際会議場に行く。
今年も沢山の生徒と、その父兄など関係者で混雑する中で、京子ちゃんは直ぐにS女の後輩たちに見つけられて揉みくちゃにされていて、いったんここで別れた。
そして私たちは、母校のリハーサルを見届けに入った。
演奏は何も問題ないように感じたけれど、何かが引っかかる。
本番を前に、緊張するなと言うのは無理な話だけれど、その緊張に違和感を覚えたことが心のしこりになって残った。
今年の順番は、S女とT学園という九州と大阪の超強豪校に前後を挟まれてしまい、否が応でも緊張してしまう少し嫌な順番。
席に戻ってきた京子ちゃんも、そこのところを心配してくれた。“演奏する前から前後の強豪校を意識しないといいけれど”と。
そう言われて初めて気づく。
演奏前の緊張に隠されていた、もう一つの緊張を。
後輩たちは、自分たちの演奏への緊張と、S女やT学園に比べられたときの事も合わせて考えてしまっていたのだ。
そのことに気が付いて、何故あの場で気が付いてあげられなかったのか悔やんでいると、京子ちゃんが私に言った。“これは演奏する本人たちにしか解決できない問題”だと。
そして、これこそが頂上に立ちはだかる最大台の壁だと言うことも。
S女の演奏が始まった。
今年の曲はB・アッペルモントの『ブリュッセル・レクイエム』
その静かな出だしから背筋がゾクゾクするくらい曲に弾きこまれ、軽快さと穏やかさが織りなす中盤、そして躍動的な後半へと続くメリハリは、いつもながら同じ高校生が演奏しているとは思えないほどの迫力があった。
そして私たちの母校。
幕が上がる。
ちゃんとできるのか。
変に、緊張していないか。
ひとりひとりの顔を、追う。
自由曲は『ラッキードラゴン~第五福竜丸の記憶』
ハープのあと、重要な出だしを奏でるのは堀江君たちのクラリネットと、さくらさんたちのフルート、それに去年まで私が居たオーボエ。
ドラムの高橋さん、トランペットの宮崎君、ホルンの今川さん。みんな良い緊張をしていて私が心配する事なんて何にもない。
演奏する、ひとりひとりの顔を見ていると、次第に目が潤んでくる。
頬を幾筋もの涙が伝う。
そして演奏が終わって拍手を始めたときから、堰を切ったように感情が込み上げて、泣き崩れてしまい、両隣に居た京子ちゃんと里沙ちゃんに介抱されて演奏の終わった後輩たちの待つロビーへと移動した。
整列した後輩たちを前に、泣き止むことが出来ずにOBとして前部長として何も言ってあげられない私に代わって江角君が言った。
「みんな、本当によく頑張った。結果はどうなるか分からないけれど、君たちの演奏がどれだけ人の心に届いたかは、鮎沢前部長の様子を見ればよく分かるだろう。みんな本当に良くやった!OBを代表して感謝する!」
江角君の言葉に、部員たちは最初笑い、そして泣き止まない私を囲んで、同じように泣き出した。
「ありがとう――ありがとうみんな。最高だったよ」
苦しい嗚咽の中で、その言葉を絞り出すのがやっとだった。





