青い夏の日⑫
演奏会が終わり足立先輩を誘ってロンの散歩に行こうと思っていたら、ラッキーがもう熟睡してしまっているから行けないと断られ、代わりにボディーガードとして江角君に着いて行くように声を掛けてくれた。
声を掛けられた江角君は、喜ぶでもなく嫌がる訳でも恥ずかしがる訳でもなく、いつものようにクールに「はい」と返事を返す。
それを見て“あー、私は江角君の、こういうところが好きなんだ”と再確認する。
江角君のクールさとは逆に、伊藤君がキャアキャア囃し立てるけれど、それはそれで伊藤君らしくて嫌いじゃない。
出かけるときに、寝ているラッキーの鼻先をチョンと人差し指で押してみると、目を閉じたまま指を舐められた。
サクサクと音を立てながら歩く砂浜。
波の音が潮風を運ぶ。
満天の星空に流れる天の川を見上げて、思わず足を止めると、波の音が遠ざかり、星たちの囁く声が聞こえてきそうな空に吸い込まれる。
天の川を挟むように輝くのは、こと座のベガと、わし座のアルタイル。そして天の川に居るのは、白鳥座のデネブ。この三つの星を繋ぐと夏の大三角形となり、七夕のお話しの主人公たちになる。
アルタイル(彦星)が江角君で、ベガ(織姫)が私、そして二人を繋ぐデネブ(カササギ)がロン。
なんて勝手に思いながら見上げていると、ロンのリードを持つ手に江角君の大きな手が重なり、私は宇宙に吸い込まれて行くような落ち着いた気持ちになる。
「ありがとう」と笑顔を江角君に向けて言葉に出した途端、笑顔から涙が零れそうになり、私はその涙を見られないように再び星を見上げた。
幾つもの星々が、瞳に潤んだ水滴に反射して一つになり、そして零れ落ちて行った。
鼻をすすると江角君が寒いかと聞いてくれ、私は何も答えられずにその胸に顔を埋める。
江角君が優しく髪を撫でた。
“ロン。ごめんね”
私は撫でられた頭を上げる。
満天の星々が囁く中、暖かい気持ちに包まれた。
「星……」
江角君が言った言葉に「えっ?」と返すと「星になるなよ」と言われた。
あまりに唐突な、その言葉に可笑しくて「ならないよ」と笑って答える。
どうやら、いつも夜空を見上げてしまう私の癖を、江角君なりに心配してくれたのだと思う。
「太陽が成人だとしたら、ベガもアルタイルもまだ生まれて間もない子供なんだよ」
「一緒に行ってみたいね」
そう言って、サラサラの大きな腕に手を回しきつく抱きしめると、江角君は「うん」と答えて、もう片方の手を私の腕に添えてくれた。





