青い夏の日⑪
学校以外でも練習をみてもらっているのだろう、高橋さんのドラムが去年に比べて別人のように上達しているのがよく分かる。
それにも増して凄いのが甲本君の“原始ドラム”
私たちの使う楽器の中で、最も古い楽器が木や石を叩いてリズムを奏でるドラムで、いわば楽器の原点と言ってもいい。
甲本君の奏でる木や石で作られたリズムは、まるで遠い世界から音を誘っているように聞こえ、魂に呼びかけている様に響く。
『ムーンライト・セレナーデ』では、江角君が久し振りにトロンボーンを演奏して、京子ちゃんから「おかえり!」って言われていた。
ふたつのトロンボーンに、ふたつのサックス、ふたつのドラム。そしてコバの電子管楽器と合わせたふたつのトランペットとクラリネットにオーボエ。数は少ないけれど、それなりの吹奏楽団として良い演奏が出来た。
金管とドラムが活躍したので、今度は木管グループでベネットのアルゼンチンを演奏する。編成は足立先輩がクラリネットに持ち替えて、コバはファゴットにもどり、江角君、伊藤君、京子ちゃんと甲本君、高橋さんはお休み。
それが終わると、ドヴォルザークの家路を皆で演奏して閉めた。
私たちが片付けようとすると、ロンが私の前に回って来て吠えた。
ロンが何を言いたいか分かっている。
“リクエスト”だ。
君の聞きたい曲は分かっているけれど、このコンサートは私の物ではないのよ。
頭を撫でて、我慢するように合図した。
ロンは、それでも我慢しきれないのか小さく唸るような声を出す。
「いいんじゃない?聞かせてあげなよ。ってか私も聞きたいし」
足立先輩が言ってくれると、里沙ちゃんや皆も聞きたいと言ってくれた。
「千春の、これを聞くために来たんだから」と京子ちゃん。
そして足立先輩が、江角君の持ってきた電子ピアノで前奏の旋律を鳴らす。
私は、皆にお辞儀をしてリードに口を付け、音を吹き込む。
“風笛”
もう、何度演奏したか分からない。
ロンと私の、お気に入りの曲。
そして、江角君がヴァイオリンで初めて弾いてくれた曲。
吹きながら江角君に目を合わせると、思いが通じたのかコクリと頷いてヴァイオリンを持ってくれて一緒に演奏してくれた。
ヴァイオリンの、どこか悲しい音色とオーボエの清く澄んだ高い音色は演奏していても切なくなるほど心に染みてきて、曲の中で何度か目を合わしたその江角君の瞳の中にある大きな湖、にこのまま飛び込みたくなる。
そして最後は、足立先輩のピアノと江角君のヴァイオリンに支えられるようにオーボエの音色がスーッと一本の淡い青色の光の筋になり、高く天に上って星の煌めきになるように思えた。





