青い夏の日⑤
知能の高い動物は、時に思いもよらない行動をする。
そして、この時のロンがそう。
私も江角君も、そして周りにいた皆も、ロンが江角君に飛びつくとばかり思っていたし、ジャンプもした。
ところが、そのジャンプは江角君の手前で高く飛んだだけ。
ロンは、思わず仰け反ってしまった江角君の脇の下を抜けて行った。
と、ここまでは予想外ではあるものの、愛くるしいペットとしての行動。
問題なのはその後と、私の行動も……。
ロンが江角君に向かって走ったので、私もそれを追い駆けた。
飛びつくものと思って、気を抜いていた。
ところがロンは江角君を通り抜けてしまう。
止まった位置は、江角君の横に居た伊藤君の所でもなく、その斜め後ろにいた茂山さんとその隣に居た里沙ちゃんの前でもなく、最後尾で江角君の5メートル後ろにいたコバの前。
何故正確に、コバと江角君との距離が正確に分かるかと言うと、それは私が5メートルまで伸びるリードを使っていたから。
そのため、私が止る事が出来たのは、江角君の僅か手前。
リードを持っている手は、既に江角君の腰の辺り。
江角君は手を広げて、私が転ばないように支えてくれる体制だった。
“ふう……”
心の中で、冷や汗と共に大きな溜息が漏れる。
江角君の体越しに、コバと戯れるロンを甘く睨みつけた。
“ごめんね”と言おうと顔を上げた瞬間、視界の端でコバに飛びつくロンの姿が見えた。
江角君の腰の辺りにあった手がリードごと引っ張られて、前のめりになりそうな体を堪えるように、胸を逸らす。だけど重心を保つための足がついてこない。
バランスを崩した私は、目の前にある白いカジュアルシャツにぶつかり、それを江角君が支えるように抱いてくれた。
一連の動作は、まるで江角君の胸に飛び込むように私が駆けてきたようにも見える。
実際、近くを通りかかったお婆ちゃんから「あらあら、若いって良いことね」と言われたし、少し離れた所から囃し立てるような甲高い口笛の音も聞こえた。
だけど、これは不可抗力!慣性の法則に逆らえなかっただけなのだから!
少なくとも、ここに居る皆は分かってくれるはず。
と、思っていたのは私だけ?
いきなり伊藤君が「おーーーっ!!」と叫ぶと、京子ちゃんや足立先輩、それに里沙ちゃんまで囃し立てる。
茂山さんは困った顔をしているし、ラッキーも雰囲気にのまれて跳ねまわるし、もう恥ずかし過ぎ!
“もーっ!なんなのよ一体”
私が怒った顔で最初に騒いだ伊藤君を睨み付けると、伊藤君は静かになったけれど、江角君から「大丈夫?」って言われて初めて気づく。
それは、まだ江角君に抱きついたままだったこと。





