月のなくなった夜㉒
洗面所で顔を洗い、髪を整えて、洋服にコロコロを掛けて着いたロンの毛を取る。
最後は顔に化粧水をつけて、試合前のお相撲さんのようにパンパンと頬を叩く。
そしてドアノブに手を掛けるとき、溜め息がこぼれてしまう。
だって、あんな格好悪いところを江角君に見られちゃったんだもの。
でも、終わった事は仕方がない。
洗面所を出て玄関に向かうと、開いたドアの向こうで江角君が何もなかったようにロンと遊んでいてくれていた。
「ちょっと河原まで散歩に行ってきます」
台所にいるお母さんに声を掛けると「暗くなるから気を付けてね」と明るい返事が返って来た。
空を見上げると、青かった空が濃くなり始めていた。
江角君からロンのリードを渡されて、三人で仲良く歩く。
話しながら歩いていると、ロンは私が笑うたびに嬉しそうな顔をして振り向いてくれる。それはまるで私が楽しそうにしているのを喜んでくれているよう。
河原に着いた頃には、夕焼けも暗くなり始めて空の半分以上が濃い群青色に染まっていた。
「あのね……」
土手の階段に腰掛け、月を眺めながら江角君に京子ちゃんのことを話す。
今日聞いた話。おそらく、そのことを心配して来てくれたのだろう。
話し終わった後、江角君は暫く黙ってから、こう言った。
ペットを飼う人を地球に例えるなら、そのペットは月だと。
太陽から見ると、月は地球の周りをグルグルと周っている。
だけど、もしあるとき月が無くなってしまったらどうだろう?
月が無くなると、月の引力で作用していた潮の満干が極端に少なくなって海水の循環が悪くなり、海洋生物は大打撃を受ける。そして地上では自転速度が極端に早くなり、常に風速数百メートル程度の強風が吹き荒れ、とても地上を飛んだり歩いたりすることは出来なくなる。
しかし、太陽から見た場合、月が見えなくなっただけで、地球は前の通り青く美しいまま。





