月のなくなった夜㉑
この着信音は江角君のだ!
慌てて携帯を取り出してガバッと身を起こす。
「もしもし、江角君。なに?」
「あー、鮎沢。今から行っていい?」
“いいともぉ~!”と思わず小さい時に見たテレビで使われていたフレーズを思いっきり叫びたくなったけれど、我慢して普段通り「いいよ」とだけ答える。
「今駅を降りたところだから、これからそっち行くね」
そう言って通話は直ぐに切れた。
キャッホー♪と心で叫び、洗面所で顔を洗わなくてはと思ってから気が付いた。馬乗りになっていたロンを跳ね退けていたこと。
なにがあったのかと体を横に向け、振り向くような姿勢で私を見上げるロンを見て、はじめて私も自分のしたことに驚き慌ててロンに謝る。
それは、初めて自力でロンの拘束を解くことが出来た喜びよりも、初めて拘束を解かれてしまったロンの気持ち。それに、その理由が江角君の電話だったと言うこと。
ロンの自信を傷つけてしまったと思い必死で謝った。
男の子にとって自尊心と言うのは、とても大切だと誰かから聞いたことがある。それを、私は傷つけた。
ロンの前で仰向けに寝て、前足を私の肩に乗せて続きをしようとしても嫌がって直ぐに体を起こそうとする。
何度も謝りながらロンを抱き、そのままゴロンとまた仰向けに寝転がって完全にロンを体の上に乗せた状態にしても逃れようとするので、鼻先にキスをして挑発する。
だけど、どうしてもロンが乗ってこないので更に抱きついて挑発していると、カチャリとドアの開く音。
振り向いた先には、ビックリした顔のお母さん。
そして、その後ろには江角君。
「まあ、お熱いこと」
お母さんの笑顔が引きつっていて、その後ろにいる江角君の咳払いが聞こえた。
跳ね退けようとしたロンは、逆に一瞬前足で私の事を押さえる。それはまるで獲物を横取りされまいとする行動。
でも、お母さんが「ロン」と諭すように言ったのをきっかけに、ロンは直ぐに解いてくれた。
“と言うことは、ロンにとって私の存在って『獲物』と言うことなの?”





