月のなくなった夜⑰
玄関を出るとき、京子ちゃんが私のオーボエを久し振りに聞いてみたいと言ってくれたので二階に取りに戻った。そして部屋の戸を閉めるとき、もう一つ。
二番目の引き出しを開け、それを掴んでポケットに仕舞う。
「ゴメン。お待たせ~」
「いいよ。私が無理言ってお願いしたんだから」
ロンのリードを持った京子ちゃんが明るく笑い、ロンはその横で大人しく座ったまま私を待っている。そのロンと目を合わし“お利口さんね”と心の中で褒める。
歩きはじめると、褒められたことが分かったのか、ロンはいつもより胸を張って堂々としていた。
足立先輩の家の前を通った時、丁度足立先輩がスクーターで出かけるところで、先輩は私たちを見つけると、被ろうとしていたヘルメットを置いて「久しぶり」と明るく挨拶してくれた。朝は一緒に散歩に行くことが多いし、今朝もそうだったので、この“久し振り”の挨拶は京子ちゃんに向けられたもの。
私たちが駆け足で近づくと、ロンの頭を撫でて「偉いね」と褒めてくれ、いつものようにロンは褒められたことを私に報告するように私を見上げる。
その様子を見て足立先輩は、相変わらず良いカップルだと笑う。
思えば、足立先輩もよく笑うようになった。
初めて出会った時はツンとした怖い先輩だったのに。
でもそれはミッキーの死を引きずっていたから。
そして、その死を克服した今は、ミッキーと暮らしていた時の元の足立先輩に戻っているのに違いない。それに今はラッキーと言う新しい家族も居る。
「先輩も一緒に行きません?」
愛犬の死を乗り越えた今の足立先輩を京子ちゃんにもっと見て欲しかった。そして過去の事も。
それで誘ってみた。
足立先輩は笑いながら「千春は相変わらずだな」と、私の頭をクシャクシャっと撫でた。
ロンは私が褒められたのかと勘違いして、嬉しそうに私を見上げる。
褒められていない私は、恥ずかしいからその目から逃げると、足立先輩が「褒めたんだよ」と言ってスクーターのエンジンをかけて出かけて行った。





