月のなくなった夜⑩
結構密着してしまったから、夜の闇に隠れて見えないけれど、江角君の耳は真っ赤なはず。
山下公園から離れ、臨港線プロムナードの歩道橋を登る。
「鮎沢……」
丁度歩道橋を登り切ったところの街灯の下で、江角君が私の名前を呼ぶ。
「はい!」と素直に応える私。
「なんで、かき氷の話をした?」
それは、ベンチに座ったばかりの時にした話。
「ちょうど、氷屋さんの船があったから」と白状すると、江角君が笑い出した。
なんで笑われるのか分からないけれど、暗い話の後だったから、江角君の笑顔が嬉しくなり、子供のようになんで笑うのか纏わりつくように跳ねながら聞く。
「船に、なんて書いてあった?」
「丸川氷。でしょ?」
「逆読みだよ。あの船は氷川丸。戦争中の病院船だよ」
やだ!船の名前を間違えて、変な話をしてしまい耳が真っ赤になるほど恥ずかしい。
熱くなった耳を隠すように押さえている私に、江角君の大きな体が覆いかぶさって来る。
耳に当てた手を離して軽く握る。
江角君が良く見えるように顔を上げ、眼を閉じる。
柔らかくて暖かい唇が重なって来る。
いつもより強く抱かれた体は、高揚した気持ちと同じように浮き上がり、今にも空を飛びそうなくらい。
橋の下を通る船の音。
その船から、ピーピーと私たちを囃し立てる口笛の音が聞こえ、そして遠のいて行く。
高く上がった月が波に写し出されて揺れていた。





