ミルクを零した河⑯
新幹線の通り過ぎる音に驚いて江角君を軽く押すと、まるで無重力状態のようにそのまま離れ、押してしまった事を後悔する。
さっきの新幹線は、何本目だったのだろう?
キスされる前に通った新幹線の次かも知れないし、何本も通った後なのかも知れない。
キスしているときは、時間感覚さえ解き放たれている。
「あるこうか」
ほのかに香る川の匂いにつられて、そう言ってベンチを立つ。
珍しくナカナカ立とうとしない江角君に手を差し伸べる。
江角君は私の手を取り、漸く立つ。
そのまま匂いを辿って公園を進むと、コンクリートに捕らえられてしまった可哀そうな川があった。
高い両側の塀に囲まれて、そこの方を窮屈そうに流れている。
でも、その高い塀にはこの物静かな水たちの心が抑えきれなくなった時の底知れぬ力が刻まれている。
五メートルくらいの高い塀の上から一メートルくらいにクッキリと残っている汚れた線。
その線より僅か上にある橋げたの鉄骨。
もう少し川が高くなっていたら、今目の前にある橋は強烈な川の力に押し流されてしまうのだろう。
そして更に川の水が込み上げてくると、この街までも。
そう考えると、今はおとなしくて静かなこの潺も仮の姿なのかも知れないと思えて不気味に感じた。
私がそう感じたとき、江角君がポンと肩を叩いてきて、降ろした顔を上げる。
「ほら、上にもあるよ。ぼんやりだけど、もっと雄大なやつ」
なんだろうと思い、指さされた空を見上げると、本当にぼんやりだけど薄っすらミルクを零したような河に見える部分が空を流れるように横断していた。





