ミルクを零した河⑬
“小林さぁ~ん……。あれ!?居ない”
えっと、こういう時は、笑わない目の笑顔で業務を全うする。だったよね……
笑わない笑顔、いわゆる作り笑顔を作る。
きちんとできているか鏡で確認したいけれど、今更奥の休憩室にある鏡の前に行けない。
「あのサー。彼女、早くしてくれる?注文したいんだけど」
“うゎっ。もう、最悪。ナンパ男に催促された”
イチかバチか。って言うより“当たって砕けろ”の方がこの場合正しいかも知れない。
私は“満面の笑み”の作り笑顔で「おまたせしました」とナンパ男と向き合う。
「あれ。伊藤君」
ナンパ男の正体は、なんと伊藤君。
しかも、何故か私の顔を指さして大笑いしている。
「鮎沢。なにそのギャグ漫画に出てきそうなくらいワザとらしい作り笑顔」
どうやら私の作り笑顔は失敗作だったらしい。
それにしても“ギャグ漫画”なんて酷い。
でも、それを作って見せたのは私。
怒って良いのか、悲しむべきか。はたまた大いに悩むべきなのか複雑な気持ち。
おそらく答えは、最後の悩むべきところだろう。
「よっ!」
伊藤君の後ろからヒョッコリ顔を出したのは背の高いイケメン男子。
そう。私の王子様だ。
「江角君」
私が名前を呼ぶと、また伊藤君が笑いだして
「鮎沢、あんまりその笑顔を他の男どもに振りまくなよ」
って、言われた。
んっ?作り笑顔といつもの笑顔と今の笑顔って、どこがどう違うの?”
また鏡で確認したくなり休憩室を振り返ると、サト店・村越さん・小林さんの三人がこっちを見ていた。
私が困っている間、ズット見ていたのかしら?
そう思うと少しだけ腹が立ち、三人にニッコリ笑みを向ける。
すると、三人とも慌てるようにして休憩室の中に逃げ込んでしまった。





