結婚③
「嫉妬だなんて、私ロンが美樹さんに懐いていてもヤキモチなんて焼きません」
「うん、分かってる。じゃあ夫婦喧嘩かな?」
「私、ロンのお嫁さんじゃないです」
私がそう答えると、美樹さんまるで幼稚園の先生が子供に見せるような包容力のある笑顔を見せてからロンを撫でた。
「でも、この子にとっては、どうなのかな?」
美樹さんに撫でられながらも、ロンは真直ぐな瞳で私の事を見ている。
狭い世界に住んでいるロンにとって、家族や私自身がどういう存在なのか、分かっているつもりだった。
私たち人間にとって、飼っている犬はペット。
だけど彼らにとっての私たちは、単なる飼い主ではない。
もっともっと密接な、家族や恋人なのだ。
恋人と言えば、ロンにはマリーが居るはず。
普通、犬たちは別に暮らしている者よりも、一緒に暮らす者たちを大切にする。
それは彼等がまだ人間に飼われる前から、家族として集団生活していた習性なのかも知れないし、縄文時代から人間の家族として過ごしてきた犬たちの“記憶”なのかも知れない。
「ロンは大切な千春ちゃんが“今日、どこで誰と何をしてきたのか”を知りたいの、そしてその情報によっては嫉妬もする。例えば彼氏や他の犬や猫と遊んできたとか」
美樹さんはロンを撫でながら、話を続ける。
「情報を得ることで自分の立場を考え、身を守ろうとしているのかも知れないわ。賢い犬たちはいつも心配しているの、どんなに自分が家族だと信じていても、その糸は他の家族に比べて細くて直ぐに切れてしまうのではないかと」
「ハイ!」美樹さんからリードが渡された。
たしかに美樹さんの言う通りだ。
私もそれが分かっていて、分かっているからこそ江角君の臭いを嗅ぎ分けてくるロンを邪険に思っていた。
事実を隠して知らんぷりしたまま、ロンと付き合おうとしていた。
私は身をかがめ、ロンの頬に手を添えて謝る。
「ごめんね、ロン。君の知っている通りだよ。でもね、この先私がどうなっても君は私にとって大切だと言うことは変わりないのよ」
ロンも、やっと許してくれたのか、それとも元々許していたのかペロッと舌を出して頬を舐めてくれた。
「あーっ!千春ちゃんが羨ましい」
ベンチを立った美樹さんが、夜空に向かって言ったので、何の事だろうと思って聞く。
「だって、私が四年も費やして勉強したことを殆ど千春ちゃんは知っているんだもの」
その言葉に、私は嬉しくなって“ハイ”と答えたあと、こう付け加えた。
“だって大好きなロンが教えてくれますから”と。
それから、三人で肩を並べて家まで帰った。





