新しい生活⑱
「実を言うと、今朝鮎沢が自分の将来像について迷っているとき、羨ましいなって思って見ていた」
私は驚いて江角君の横顔を振り返る。
「“無理に自分を変えようとしなくてもいい”とか鮎沢に言ったけれど、一番自分を変えたがっているのは俺だと思う」
あまり長い話をしない江角君が話を続ける。
「両親が医者だから、俺自身将来医者になる事に何の疑問も感じていなかった。だけど、いざ大学に入ってみると“本当にこれで良いのか?”って感じてしまうんだ」
頭が良くて、家も開業医で裕福そうに見えるし、そのうえ外見的にも背が高くてイケメン。
なにも悩みなんてありそうもない江角君にも悩み事があるなんて初めて知った。
こんなとき、なにか励ます言葉をかけることができたら良いのだけれど、良い言葉なんて思いつかない駄目な私。
その代り、素直な気持ちで「何故?」って言葉が自然に口から出てしまった。
「何故?」
江角君は私の言った言葉を、自問自答するように繰り返す。
そしてまた。
「なぜ……」
一瞬、音の闇が広がり、辺りは真っ暗な無音。
その静寂を破るように、大型船の汽笛が風のように通り抜けて行く。
「 」
江角君の唇が微かに動く。
でも、声が小さすぎて何を言ったのか分からなかった。





