新しい生活⑧
「話って、なぁに?」
「もう少し目を閉じていて」
江角君に、そう言われて素直に“うん”と返事を返す。
すると、今度は不思議なことに沢山聞こえていた様々な音が、少しずつ減って行く。
生徒たちの出す声や音、乗り物の出す音も。
そして、近くを飛んでいる小鳥の囀りが聞こえてきた。
まだ飛ぶことに慣れていないのだろう、それは空を飛んでいると言うよりも引っ掛かっているように上下を小刻みに繰り返していて、飛ぶことを知らない私でさえ今にも落ちてしまうのではないかとハラハラしてしまう。
大凡褒められた飛び方ではないけれど、その姿を誰かに見てもらいたいのか、それとも助けを求めているのか一所懸命囀っている。
小鳥の、あまりにも一所懸命な姿に、ついつい応援してしまう。
“プァ~ン”
小鳥に夢中になっている間に、いつの間にか駅に電車が入って来て、そして駅の音楽が鳴る。
ここをはしる京浜急行は、何カ所かの駅で有名な曲のメロディーが電車到着の合図に使われていて、この金沢八景駅もそう。
上り線と下り線では、同じ曲でも流れる部分が違う。
横浜に向かう上り線なら曲の頭の部分だけど、いま入って来たのは曲のサビの部分だから下り線。
自然に音楽に耳が傾いてしまう。
“空が青いなぁ~”
透き通る空を見上げたまま、曲の歌詞につられて小さく呟いてしまった。
「無理に自分を変えようとかしなくていいんだよ」
江角君が、空に向かって言う。
「今は、四年後の自分に向かって進めばいい。あたりまえに努力を続けていたら、そのあたりまえが未来に変わる」
空に向けていた目を、江角君に向けクスッと笑った。
これも今流れている曲の歌詞。
江角君は、私が電車の中で悩んでいたことを気にしてくれていたんだ。
そして屹度この空も、この曲も。
意外に可愛いなって見つめていると“なんだよ”って珍しく照れられて、それがまた可愛いく思えた。
いつのまにか、さっきまでいたあの空に引っ掛かりながら飛んでいた小鳥はいない。
代わりに同じくらいの鳥が、糸を引くようにスーッと空を横切って行った。





