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春の桜道⑫

 さてさて、実を言うと、これからが大変だ。

 玄関の前に立ち、浮かれた気分を切り替えて、自分に気合を入れて深呼吸。


「ただいまー!」


 いつも通りの声で、いつも通りの力でドアを開けると、いつも通りそこにはロンが居た。


「ロン。ただいまぁ」


 いつも通りロンの顔をクシャクシャに撫でる。

 と、ここまでは全く“いつも通り”

 いつも通りでないのはロンの目。

 その大きく透き通る目は、私を捉えて離さない。

 そして大きな鼻は、私の周りに纏わり付いた全ての臭いを嗅ぎ分ける。


「遅かったわねぇ」


 台所から、お母さんの声。


「うん。友達と鎌倉のほう寄って来たから」


 お母さんには、同じことをメールで伝えたはずなのに聞かれた。

 そしてロンには正直に、江角君と遊んできたことを告げる。

 教えなくても、もうとっくにロンは臭いでそのことを知っているはずだし、江角君の匂いが着いていてとしても珍しい事ではないのだから許して欲しかった。

 

 洗面所に向かうときもロンは私を見上げながら着いて来る。

 いつもなら、嬉しそうに舌を出したりして能天気に着いて来るのに今日はズット透き通った目の中に私を捉えていて離さない。

 食事中もジッと、その目で見つめられる。

 お風呂の時は解放されたけれど、自室に帰り自己採点をしているときも背中から観られている感覚が分かる。

 そして寝るときも。

 ベッドに入り部屋の明かりを消すと、どうしても今日のファーストキスの事を思い出してしまう。

 ふと横を見ると、ベッドの脇で月明かりに照らされているロンの目が私を見ている。


“いけない。ロンには秘密にしておかなければ”


 なんとなく私だけ浮かれた気持ちになる事に抵抗を感じていた。


“今夜はもう江角君との事を思い出すのはやめよう”


 そう思って、寝ようとすればするほど目に浮かぶのは江角君の顔。

 その顔が出てくると、今日の事を思い出して体が熱くなり、恥ずかしさのあまり思わず小さく悲鳴をあげて布団を頭までスッポリかぶる。

 すると、なにやらゴソゴソと動いている感覚。


“何だろう?”


 と、布団の中で目を開けると、いつの間にか布団の中に潜り込んできたロンの黒い瞳が私を見ていた。

 どうやら、ロンの追求から逃れることは出来そうにもない。

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