春の桜道⑪
「初めてじゃないよ」
突然、私の心を見透かされたように江角君が言った。
「えっ!?」
酷い!じゃあやっぱり江角君ってプレーボーイ?
「美咲おばさんに何度もキスしたから」
「美咲おばさんって?」
「ほら、ハンター邸の女医さん」
「い・今でも?」
「アホか。ちっちゃい時だけに決まっているだろ」
少しホッとする。
「小学四年生くらいまでは、本気で美咲おばさんと結婚するつもりでいたからな」
なるほど、たしかにあの女医さんは今でも美人だから江角君の気持ちも分かる気がする。
と、言うことは江角君って、メンクイ?
そう思うと何だか少し自信を無くしたのがバレたのか「もっと自信を持てよ」と笑われ、 私も嬉しくなって一緒に笑う。
それから学校の話をしながら歩いていると、あっと言う間に家の前まで来てしまっていた。
気分的には、もう一周、いいえあと二・三周くらいはして話をしていたい気分。
名残惜しさを訴えるような目で江角君を見上げてしまうと、江角君は顔をして頭を掻いていた。
私の我儘でこれ以上江角君を困らせてはいけないと思い、直ぐに諦めることにした。
その代り、江角君の手を取って見上げた顔の角度をそのままに目を閉じる。
いわゆる“おねだり”ってやつ。
ふうっと、街灯の灯りが何かで遮断されるのがわかる。
暖かくて、そしてゾクゾクするような物が近づいて来る。
“早く来て”と、思わず踵が浮きそうになるのが分かる。
だけど次の瞬間、情熱的で柔らかいものが着地したのは、私の閉じた唇ではなくておでこだった。
驚いて目を開けると、もう江角君は私から離れていた。
「あんまり困らせんなよ。じゃあな!」
そう笑って高々と上げた右手を振って走り出す。
一瞬、何があったのか理解できないでいた私も気を取り直し、思いっきりの笑顔で送ってくれたお礼を言った。
「明日、また」
江角君の後姿が消えるまで、いつまでも手を振り続けていた。





