美樹さんの秘密⑦
夜中に兄の車が帰ってきた。
車庫に止め、エンジンを切るタイミングがいつもより遅くて、その時間だけ兄の悲しみの深さが伝わってくる。
私はロンと一緒に階段を下りて玄関の鍵を開けた。
入ってきた兄に「無事旅立った?」と声を掛けると「ああ」とだけ答えて、玄関に肩掛けバックを置き私たちを散歩に誘った。
星空の綺麗な夜だった。
あのスキー場の夜みたいに天頂にオリオン座は輝いていなかったけど、散りばめられた星々を縫うようにライトを点滅させた飛行機が流れて行った。
「なんて話していたの?私とロンのこと」
兄と美樹さんのことをもっと知りたくて聞いてみた。
「ありのまま」
「ありのままって?」
「お互いが、相手にとって一番大切な存在になろうって一生懸命だってこと」
「そんな……」
「最初は笑い話だったんだよ、でもそれが羨ましくなって、そのうち千春に嫉妬しだして」
「嫉妬?!」
あの美樹さんが嫉妬だなんて思いもつかなかった。
「美樹の家は転勤族だから3年おきに違う県に引っ越すんだ。だから俺たちの家みたいに持ち家じゃないからペットは飼えない」
「だから、羨ましいし嫉妬もするのね」
「そしたら偶然、あの花火の夜だろ。お互いにお互いを守り合う。美樹、すごく感動してたんだよ千春たちのことみて」
実際見られたのは私の頭の上で間抜けな顔をしているロンで、その下で意気がっている私はもっと間抜けな感じで恥ずかしい。
「体育祭の日なんか、ロンを奪う勢いだったんだからな美樹の奴」
「えっ」
「そこに千春のバトン事件だろ。あの時のロンは俺一人じゃ手に負えないくらい暴れて、千春のためにバトンを取りに行った。あの頃から美樹の中で何かが芽生えてきたと思う」
「・・・」
「スキーのときもロンは千春を助けたし。千春もロンを助けたし」
「私が?」
「ほら、ペットルームでミニチュアダックスから救っただろ」
「あれは、私じゃなくても……」
「いや、俺も美樹も気が付かなかった。ロンに笑って声は掛けるけど助けようなんて思わなかった。千春だけがロンの気持ちに気が付いたのさ。結局美樹はこの後俺に留学の相談をした」
「じゃあ私のせいなの……」
気落ちして私が訪ねると、兄は励ますように言ってくれた。
「いや、千春のおかげなんだよ」
「でも、どうして?」
「……さあ、最後まで本当の理由は教えてくれなかった」
「最後まで・・・」
私は漸く気が付いた。
美樹さんの家は3年おきに違う街に引っ越すことを。
つまり三年後に日本に帰ってくる先はここじゃないところ。
私は何故か兄の手を掴んだ。
そしてロンと二人で兄をエスコートするように星空の道を家に向かった。





