分かち合う喜び⑩
セットが終了して、皆の顔を見る。
誰一人笑顔もなければ、表情を強張らせているものもない。
いつも通りの姿が、そこにある。
私が首をコクリとさせると、皆も首をコクリと縦に動かせた。
最後に上段最後尾に立っている江角君と目を合わせる。
江角君から逆に首をコクリとされ、私も同じようにそれを返した。
指揮をする門倉先生が、舞台の袖に立つ中村先生に合図を送ると私たちの学校名と楽曲がアナウンスされ緞帳が静かに上がる。
目の前に広がる観客席と大勢の人たち。
この中には私の知っている人たちも居る。
だけど、もう学芸会の時のように探すことはない。
この広いホールのどこから見られても恥ずかしくない私がいる。
そして、どこに居ようとも私たちの音楽を正確に届けて見せる。
それがたとえホールの外だとしても。
門倉先生の指揮棒が上がる。
私たちの目は、もう指揮棒に集中し捉えて決して離さない。
微かな動きも見逃さない。
上げた指揮棒が、深呼吸するように一旦緩やかに上がる。
いよいよ私たちの演奏が始まるのだ。
皆、指揮棒に集中していた。
楽譜は頭に叩き込んでいて、各自のバートが一旦開いた時、確認のため捲るだけ。
失敗を怖がることもなく、自分の音に酔いしれることもない。
ただただ理想として掲げた音を追う。
正直いつもは、送り出す息の量が少ないオーボエやファゴット担当者の誰かは必ず息が苦しくなって吐息を漏らし、それが雑音となって聞こえてくる。
だけど今日は、その雑音さえ聞こえない。
ストロークと息の出し方で音程の変わるトロンボーンも正確に会っている。
高音部がナカナカ揃わなかったホルンも今日は見事に揃っているし、ドラムもクラリネットも他の楽器も、何一つ狂いがない。
オーボエを奏でながら、自分自身が何の楽器を演奏しているのかさえ麻痺してくる。
強いて言うなれば、私の奏でているのは“アークエンジェルス”。
その一部分ではない。
“アークエンジェルス”そのものを、その細胞のひとつとなって奏でているのだ。
やがて指揮棒の先が天井のライトを指さすように高々と舞い上がる。
『あー、いまエンジェルは天に登った』
そう思って指揮棒の先を見上げていると、ライトに照らされたその先が十字に光った。





