最高の輝きに向かって⑤
「江角君……」
思わぬ近い距離に名前を呟いてしまうと、江角君は珍しく戸惑った様子で「ああ」とだけ答えて目を逸らした。
江角君が目を逸らした方向を注意して見ると、そこにあったのは散らかされた譜面の数々。
屹度、江角君はもう次の事を考えているのに違いない。
そう思うと、ただボーっと突っ立っていた自分が恥ずかしくなり、私も慌てて譜面に飛びついた。
「探しましょう。私たちの金賞の曲」
江角君は何故かニコッと照れ笑いした様に見えたけれど、直ぐに譜面に目を通してくれた。
その日のうちに門倉先生と中村先生に、変更のために選んだ曲を伝え、了解してもらう。
変更の発表は私が決めたことにすると中村先生が、言い出しっぺの責任を取らないとネッと、お茶目に言った。
それから、もう遅いので江角君に私をエスコートして帰るように言ってくれ、追加で“送り狼”にならないよう注意する。
いつもは、この手の冗談を軽く受け流す江角君が真面目にムキになって「なりません」と返事を返したのが可笑しくて笑ってしまうと、中村先生から「鮎沢~」と呆れたように言われた。
そう。
笑っている場合ではないのだ。
大会まで二ヶ月を切っている今、曲を変更することは勿論みんなの同意は必要だけど、それを得られても大変なのはそれから先。
今こうやって江角君と肩を並べて歩いているけれど、お互いに走って帰ってまで練習に取り組まなくてはならないはず。
ちょうどハンター邸の病院前を通りかかったとき、女医さんが窓から私たちの事を見つけてくれて声を掛けてくれた。
「いつも仲が良くて羨ましいわ。気を付けて帰るのよ」
「ありがとうございます」
そう言ってから帰りの挨拶をして通り過ぎたけれど、女医さんに仲が良いと言われた事が気になった。
私は今重大な決定をしてきたばかり。
気持ちだってそれなりに張り詰めている。
それなのに、他所から見ればただ男子と仲良く帰る普通の女子生徒に見えるのか。
そう思うと、自分の決意がマダマダ生ぬるいと感じてしまいそれを江角君に伝えた。
「一刻も無駄にできない。江角君走ろう」
江角君は驚いた顔をしていたが一緒に走ってくれた。
電車の時刻も気にせず兎に角二人で走ったら、丁度電車が入って来た。





