冷たい水⑨
足立先輩がバイトで来れない日にも、里沙ちゃんは来てくれた。
いつものように茂山さんの車に乗せてもらって。
夜九時。
練習が終わり、少しだけ里沙ちゃんとロンの三人で散歩した。
「あー。風が気持ちいい」
大きく手を伸ばし、川辺に流れる風を胸いっぱいに受け止めている里沙ちゃん。
たしかに河原の風は気持ちいい。
ロンが何か催促するように何度も私の顔を振り返る。
“なんだろう?”
私がロンの顔に注意するのを見計らってから、ロンは里沙ちゃんの顔を見た。
“えっ?”
“もしかして知っているの?”
それは、あのハンター邸でのコンサートのあと、里沙ちゃんの涙を見た私の心が揺れ動いていたこと。
誰だか教えてくれないけれど、奥手な私と違って里沙ちゃんには彼氏さんが居る。
だから練習が厳しくなると、自ずとプライベートの時間が減り、彼氏さんと合う時間も減る。
だからあの日、里沙ちゃんは泣いているのだと思った。
「ねえ里沙」
「ん?」
水の流れる頂を月明かりにキラキラと輝かせている水面を背景に、練習後の少し火照った笑顔で振り向いた里沙ちゃんの顔は、同級生には見えなくてドキッとしてしまった。
大人の女性にも見えるし、幼児にも見える。
人のようにも見えるけれど、人間のふりをしている陸に上がった人魚のようにも見える。
「ううん。何でもない」
「へんな、千春」
結局、あの日の涙の訳は聞けなかった。
いいえ、実際には聞かなくてもよくなった。
だって、今の里沙ちゃんって何だか“幸せそのもの”なんだもの。





