らくがき①
「見せて」
見るのが怖かったから、声も小さく震えた。
加奈子さんの手が、拒むように私の手を抑えてきたけれど、構わずにケースを開ける。
目に見えたのは、落書きだらけのトロンボーン。
私は、書かれた落書きを読むことをせずに直ぐケースを閉じると、そのまま加奈子さんの手を引いて部室から飛び出す。
部室を出るときに、まだ入り口に置いたままにしていた鞄を掴んだ。
「千春」
後ろから掛けられた里沙ちゃんの声に“ゴメン”と答えるのが精一杯だった。
音楽準備室から出てきた江角君が驚いたように私を見ているけれど、なにも応える事が出来ないし、眼も合わせられない。
江角君に何か声を掛けようとしたら、その声は嗚咽に変わるだろう。
そして、江角君の瞳を見たら、屹度目から涙が零れて止まらなくなるだろう。
私は振り向きもせず、ただ真直ぐと前を向いたまま加奈子さんの手を取って大股で歩き、そのまま校門を出た。
「どこに連れて行くんですか」
校門を出たところでかけられた加奈子さんの声でようやく気が付く。
私が彼女を連れ出したわけを。
「家よ」
「家?」
「そう。私の家。元通り、綺麗にしなくちゃね」
「クリーニングセットなら私の家にもありますし、鮎沢部長は吹奏楽部にとって大切な方なのだから部活に戻って、みんなを見てあげて下さい。私みたいな初心者に構っていては駄目です」
「誰でも最初は初心者よ」
そう言うと、再び加奈子さんの手を掴んで歩いていた。





