さくら⑧
新入部員が入ってから楽しい事が一つと、嫌なことが一つできた。
楽しい事は、新入部員の加奈子さんとさくらさんを眺めていること。
なにか一年生の頃の里沙ちゃんと私に似ていて、二人を見ていると、あの頃のことをついつい思い出してしまう。
今日も活発な加奈子さんが、さくらさんの手を引いて走りながら部室に入ってきた。
初心者の加奈子さんはトロンボーンを希望しているので、同じ担当の江角副部長が辛抱強く教えていて、これも面白い。
だって、あの我儘王子だった江角君が怒りもせずに初心者に対して丁寧に教えているんだもの。
それに加奈子さんの負けず嫌いなのにアッサリした性格が、時折江角君を困らせているのも可笑しい。
嫌なことは、江角君が加奈子さんに付きっ切りになっているのを陰で悪く言う人が居ること。
ついこの前も高橋さんから、どうなっているのかと抗議された。
新人の教育も副部長としての務めだと思うけど、注意しておきますと答えると、私がチャンと江角君の手綱を握っていないと大変なことがおきますよと予言めいた事も言われてしまう。
でも……。
高橋さんの予言は、不幸にも的中してしまう事になる。
その日も、さくらさんを引っ張りながら元気よく部室に飛び込んできた加奈子さん。
「おはようございます」
「おはようございます」
同じ言葉で返す。
先輩なんだから“おはよう”でいいのにと三年生の友達からは言われるけれど、仮にも部長という“長”の付く立場なら謙虚でなければならないと私は思う。
「今日も頑張ってね」
「ハイ。早く上手に吹けるように頑張ります。ありがとうございます」
中学時代にバレーボールの選手だっただけに、飛び切り明るくて元気な声で返してくれた。
その後姿を目で追っていると、加奈子さんは楽器置き場の前で急に動かなくなった。
開かれたケース。
のぞき込んだ、さくらさんが驚くように口に手を当てている。
どうしたのだろう?
そう思って近づくと、私の気配に気が付いた加奈子さんかケースを閉じた。
「どうかしたの?」
私が聞くと“あの”っと、なにか言いかけたさくらさんの言葉を制するように「なんでもありません」と加奈子さんが元気よく返事をしたあと、「今日は家で用事があるので、お休みさせて下さい」と言って帰ろうとした。
「待って」
私は、咄嗟に加奈子さんの手を掴んでいた。





