さくら⑦
「ハッ、ハイッ。楽器はトロンボーンをやりたいです」
中腰になっていた、その子が“気を付け”の姿勢を取ると、意外に背が高い。
「そちらは?」
突かれていたセミロングの子にも声を掛けた。
「初心者なんですけど、入部できるでしょうか?」
思わぬ質問をされて驚く。
「あなた達、初心者なの?」
私とセミロングの子の間に、背の高い子が慌てて入り込んで「いいえ“さくら”はフルートが凄く上手なんです」と擁護した。
さくらと言うのは、このセミロングの子の名前なのだろう。
そして、さくらと呼ばれたこの方も、中学からフルートを始めたばかりでコンクールの入賞経験もないことや、中学校もあまり吹奏楽部に力が入っていなかったことなどを話してくれた。
片方は、初心者。
そしてもう片方は、自分をアピールするどころか卑下している。
“一体何?”
そう思ったとき、背の高い子の“初心者なんですけど、入部できるでしょうか?”と言った言葉を思い出した。
二年前、私が一年生だった頃、ここに里沙ちゃんと二人で入部届を提出しに来た。
私も中学からオーボエを初めて、コンクールでの入賞経験は無かったし、里沙ちゃんは中学時代はソフトボール部のエースだったから楽器なんて殆ど初心者。
私たちが馬鹿だったのかも知れないけれど、何も考えないでワクワクしながら入部届を出しに来た。
それなのに、この子たちは何を躊躇っているのだろう?
もしかして二年連続で全国大会に出場したこと?
たしかに私たちが入部した時は、そういう意味では全くの無名校に等しかった。
全国大会出場という輝かしい実績の影で、こういう音楽に親しみたい人たちが入りにくい環境を作っているのだと初めて気が付いた。
「名前と、やりたい楽器を言ってみて」
自信満々に声を掛けると、二人とも確りした口調で答えてくれた。
「栗原加奈子、トロンボーンを希望します」
「久藤さくら、フルートを希望します」
フルートを三年間やってきた久藤さくらさんが、友達の栗原加奈子さんに合わせて“希望します”って言ったのが可笑しくて、そして嬉しかった。
「青葉台吹奏楽部に、ようこそ!さぁ、入部届を書いて早く練習を見にいきましょ」
二人の顔にパァっと笑顔のサクラの花が咲くのが分かった。





