晩秋から春へ⑩
冬休みが過ぎると、学校で三年生を見かけることが少なくなってきた。
私立大の入試、それにセンター。
全国大会のために、受験勉強が遅れてしまった瑞希先輩たちは大丈夫だろうか?
“頑張って!”と心の奥でいつも応援している。
そして来年は私たちの番。
自分の事になると思うと、妙に実感が持てなくなり窓の外に目を移す。
グラウンドには三年生の抜けた中でも、しっかり声を出して練習している運動部の姿。
「鮎沢……。おい鮎沢」
江角君の声が私を呼んでいた。
びっくりして立ち上がりながら振り返ると、江角君の顔がぶつかりそうになるくらい近くにあった。
「きゃっ」
小さく声を上げてしまうと、少し頬の赤くなった江角君が“きゃ”じゃないだろって、そっぽを向きながら言った。
そうだ今は卒業式の曲と、来年のコンクールの自由曲の候補を選んでいるところだった。
でも、門倉先生が用事で退席して一旦休憩ってことだから、別にボーっとしていても好いじゃない。
そう思って、怒るように言ってきた江角君を睨んで気が付いた。
いま、この準備室に居るのは江角君と私だけ。
急に睨んだ瞳を下に、いや体ごと反転させてもう一度グラウンドのほうに向け直す。
胸の中にいる太鼓打ちが、派手に乱れ打ちを始めて、私はそれを抑えるように、胸のそっと手を当てる。
胸が暖かい。
火照った顔を冷やすため窓を開けると、風に運ばれて微かな桜のつぼみの臭いが入ってきた。





