バトン⑨
三年生にとって最後の部活。
例年、この日に部長の交代が行われる。
瑞希さんのあと部長になるのは、江角君に間違いない。
部室に入ると、その江角君が丁度瑞希先輩と何か話をしていた。
何の話か気にならないわけではないけれど、楽しそうに話をしている二人を羨ましく思いながら見ていた。
部長任命式の話しかな?
江角君なら才能もあるし、中学時代に苦い思いもしているから良い部長になることだろう。
ふと、中学三年の時の県大会を思い出す。
仲間の失敗をカバーしきれずに会場の外にある石畳の広場で落ち込んでいた江角君。
金賞が取れなくて地区大会を逃したときのこと。
“俺、鮎沢に格好良いところ見せたかったんだ”
あの日、あの場所で言われた言葉を思い出す。
江角君が私たちのほうをよく見ていたので、てっきり里沙ちゃんのことが好きなんだと思っていた。
いつも活発で明るい里沙ちゃんはソフトボール部のエース、県内外でも結構有名な選手。
そして、その横にいる私は、ポーっとしていて特に何の取柄もない。
私が、そう勘違いして言ったとき江角君は真面目な顔をしてこう言った。
“俺が好きなのはお前だ”
成り行きにここまで思い出してしまうと、もう江角君の顔を見ているのが恥ずかしくなり目を伏せる。
頬がジワジワと熱くなって行く。
江角君の気持ちは、あの時と変わってはいないのだろうか?
急に変なことを考えてしまい、体中が急にカッと熱くなる。
心を落ち着かせるために、窓の外を見た。
どこまでも青く澄みきった秋の空は高い。
運動場では、三年生の抜けた野球部やサッカー部などが、何事もなかったかのようにいつも通り練習している。
目を再び部室に戻し、江角君を見た。
もし、できる事なら、もう一度あの時のように副部長として江角君をサポートできれば。
中学の時よりも確り江角君をサポートしてあげられるように。





