古矢京子⑫
双子の姉、涼子はオーボエ、そして私はトロンボーンを習っていた。
事故の起きた日も、姉の涼子と一緒にレッスンに行くはずだったけれど、急にオーボエの先生が休まれて、姉はお休みになったと喜んでいた。
喜んでいた訳はレッスンを休める事ではなくて、リョウとゆっくり散歩が出来ること。
私も休みたかったけれど、発表会が近かったので渋々レッスン場に行き、練習していた。
私の携帯が鳴ったのは丁度練習が終わって、片付けをしているときだった。
発信表示はお母さん。
お迎えが遅くなるのかな?
そう思って気軽に通話ボタンを押すと、お母さんは黙ったまま話をしない。
「どうしたの?遅くなるの?」
私が強い口調で言ったとき、ようやくお母さんは話しを始めた。
タクシーを拾って、直ぐに国立病院の救急処置室に向かうようにと。
救急治療室と聞いて、不吉な予感がしないはずがない。
鎌倉のお爺ちゃんかお婆ちゃんに何かあったのかと思って聞くと、姉の涼子の事故を知らされる。
レッスンの先生に姉の事故の事を話すと、先生がタクシーを拾ってくれて一緒に向かった。
ようやく私が病院に着いたとき、救急処置室の扉は開いていて、お母さんも居ない。
病室に運ばれたのだろうと思って、先生が看護師の人に姉の名前を言い病室を訪ねてくれた。
看護師の女性はチラッと私の顔に目を向けたけど直ぐに逸らし、先生に向かって無機質な言葉を伝える。
「安置室です」と。
先生が、どう行けばいいのか聞いてくれていたけれど、次々に入って来る救急車に追われて看護師は受付で聞いてくださいと言葉を残し、処置室の中に消えて行った。
安置室が何を指すのかは、中学二年生の私でも分かる。
でも、これは悪い夢か冗談だと思っていた。
だから、先生が安置室まで連れて行ってくれた時も、扉を開けるとクラッカーの音がなり、神妙な顔をして入ってきた私を見つけた涼子が「引っかかった!嘘だピョン」と、いつもそうするように悪戯っぽく笑っているのに違いない。
そう思って、いや、そう願いながらゆっくりと扉を開ける。
中は冷たくて静かな空気が沈殿していて、クラッカーの音は勿論「嘘だピョン」と言う涼子の元気な声も届かない。
耳に届くのは、お母さんのすすり泣く声だけ。





