名古屋国際会議場⑩
里沙ちゃんと朝食をとりに食堂に入ると、今川さんの隣の席が空いていた。
「おはよう。高橋さんは?」
そう、今川さんの隣には高橋さんが座るはず。
昨日そうだったのに、今朝は空いている。
「風邪ひいたみたいで部屋で休んでいます」
今川さんは容態を気遣うように答えた。
でも、風邪をひいた高橋さんについて心配な事はそれだけではない。
もちろん彼女の体調もそうだけど、その体調でティンパニーをキチンと務められるのか?
高橋さん以外、全員集まったところで瑞希先輩が朝礼を行い、高橋さんの代わりに二年生の戸塚君が本番でティンパニーを担当することが発表された。
元々ティンパニーの担当は三年生の東先輩だった。
その東先輩は、東京の超難関国立大受験を目標にしていて夏の県予選後に退部して二年生の戸塚君にバトンを渡した。
ところが、その戸塚君は東関東大会が終わって気が緩んだのか、スケボーで遊んでいるときに手首を捻挫して半月ほど練習に参加できずにいた。
今回、戸塚君が本番のメンバーから外されたのは、一年生の高橋さんの台頭も有る事ながら、本番をひかえて遊びで怪我をしたことに対する懲罰的意味を込めていたのだと思う。
それに、戸塚君は試験の成績が悪いので大会直前の試験で追試を喰らう可能性もあって、それだと大会に出られなくなるので予めメンバーから外していたのだと二年生の部員の中では噂になっていた。
朝食後に高橋さんの部屋に見舞いに行くと、彼女はベッドに仰向けに寝て、おでこには昨日上げた熱さまし用シートが張り付けてある。
彼女はスミマセンとだけ言って、あとは無表情のまま天井を見つめていた。
部屋を出て廊下を歩いていると、直ぐに江角君に呼び止められた。
「大丈夫なのか?」
「折角メンバーに選ばれていたのに可哀そうだけど、大丈夫だと思います」
私がそう答えると、江角君は少し怒った顔をして「鮎沢。お前の体調の事だ」と言ったので、大丈夫と返す。
「二番や三番の代わりは直ぐに見つかるし何とかなるけれど、一番の代わりなんていないんだから気を付けろよ」
ぶっきらぼうに、やっぱり少し怒っているような口調。
でも、江角君の言う通り高橋さんのティンパニーは代役の代役だから直ぐに元の戸塚君と入れ替わることが出来たけれど、私は第一オーボエ。
瑞希先輩や門倉先生たちが、私に音を託してくれた。
もし私が出られなくなってしまったとき、第二オーボエの田代先輩は引き受けてくれるのだろうか?
そしてその音は、瑞希先輩や門倉先生の思っていた音になるのだろうか。
江角君の言った事、江角君が私の体調を気遣って薬を買いに行ってくれた訳が、少しだけ分かってきた。





