いざ名古屋④
「どうしたの?」
泣いている私を、瑞希先輩が確りと抱きしめてくれた。
怯えて冷え切った心に、先輩の暖かさが染み込んでくるのが分かる。
「急にいなくなるから」
瑞希先輩の服の裾を掴み、やっと声に出すことができた。
「まさか、私が悩んで自殺するなんて……心配してくれていたのね」
瑞希先輩が自殺するなんて少しも思っていなかった。
ただ、誰にも何も言わないで居なくなったことが心配になっただけ。
屋上へ繋がる暗い階段を登るときも、立ち入り禁止の表示をすり抜けることに罪の意識を感じたけれど、それ以外は何も心配なんてなかった。
ところが暗い階段室から見たドアの隙間から差し込む光を見て、そのドアの向こうに誰も居なかったとき、頭の中が真っ白な闇に包まれた。
そこからは目に見えない瑞希先輩を不安と闘いながら必死で追い駆けていたのだ。
「馬鹿ね。でも有難う」
頭を撫でてもらっていると、ギザギザの迷路に迷い込んでいた心が落ち着いて来る。
「私たち、みんな一所懸命頑張っています。でも何故だか思うようにいかなくて、すみません」
練習でミスが途絶えないことを謝ると、瑞希先輩は、いいのよ。とだけ答えて空を見上げて溜息を吐くように「やっぱり私じゃダメなのかな」と呟いた。
やはり本番まで時間が無くなってから練習が旨く行かないことに悩んでいるのだ。
「鶴岡部長みたいにはなれないって分かっていたつもりだったけど、ゴメンね」
そう打ち明けられて、なんて答えれば良いのか分からない。
“頑張ります”
“鶴岡部長とは違うから、もっと瑞希部長らしく頑張ってください”
“一緒に頑張りましょう”
頑張ると言うフレーズに固着してしまい、どれも的を射ていない気がする。
違う言葉を探したとき、不意についこの前の試験前にあったハンター邸でのことを思い出していた。





