いざ名古屋②
部室のある三階のトイレに行ってみたけれど誰も居なかった。
一階の職員室に行っているのかと思い今来た廊下を戻ると、丁度顧問の門倉先生が階段を上がってきたので瑞希先輩が下にいるか聞くと、会っていないと返事が返ってきた。
教室に戻っているのかと思い、渡り廊下の向こう側にある三年生の教室を眺めてみても、それらしい人影は見つからない。
瑞希先輩は一体どこへ行ったのだろう?
“途方に暮れた”なんて表現は大袈裟かもしれないけれど、そのときは兎に角瑞希先輩を探さなければいけない気がしていた。
こんなとき、ロンみたいに敏感な鼻があれば先輩の臭いを頼りに追いかけて行けるのに。
所詮人間の能力なんてたかが知れている。
私たち人間は、ずば抜けた学習能力を身に着けた代わりに沢山の野性としての能力を捨ててしまったのだ。
なすすべもなく、廊下から青く高い空を見上げた。
どこまでも澄みきって高いその空に、心が吸い込まれていくような爽快な気分。
その高い空を、強い風にあおられて引き千切られまいと懸命に流れて行くひとつの雲の塊。
わたしはその雲を目で追っていた。
なんだか私たちに似ている。
大会を控えて、期待よりも大きな不安に打ちのめされ壊れそう。
そして、その不安を誰にも言えずに隠し持っている。
まるで自らが爆弾を抱えているよう。
雲を追っていると、隣の棟にある給水塔が目に映ってきた。
今、私が居る側の棟には屋上がないけれど、向こうの棟には屋上がある。
そう言えばさっきトイレに向かっているときに、どこかの扉がきしむ音を聞いたような気がした。
私は渡り廊下を走って、そのまま屋上に登る階段を上がる。
階段の折り返しのある踊り場に“許可なきもの立ち入りを禁ずる”と札が欠けられてコーンが二つ立てて在り、その二つのコーンの間をチェーンが繋がっていた。
“立ち入り禁止“
でも、そのコーンの一つが、丁度人ひとり通れるくらいずれている。
恐る恐るそこを通って、ゆっくりとその先の階段を登ると、その先には針金の入った少し小さめの窓ガラスが付いた鉄の扉。
目の前にある、その鉄の扉は僅かに空いているらしく縦に光の線が入っていた。
そーっとその扉を開けると、ギィーっと金属のきしむさっき聞いたのと同じ音。
やっぱり瑞希先輩はここに来たと思った。
ところが屋上のどこを見渡しても、瑞希先輩はおろか人の姿は無い。
私は不安になって屋上のフェンスに向かって走る。
そのようなことが、有るはずがないと心に言い聞かせながら。





