ハンター坂⑫
廊下を歩く音が大きくなるのにつれて、時計の音は遠慮して消えて行く。
やって来たのは里沙ちゃん達だろう。
「千春~」
恐る恐る開けられたドアから一番に顔を覗かせたのは、やっぱり里沙ちゃん。
その後ろから、瑞希先輩・田代先輩・マッサン・コバ・今川さんに宮崎君が入って来た。
最初はみんな遠慮がちにヒソヒソと話していたけれど、四人部屋の病室に私しか居ないので気が緩んだのか、途中から普通の声で話しだして、それが七人なものだから笑ったりして声が揃うと大きな音になる。
私はハラハラしていたけれど、折角来てくれたのに言い出せない。
案の定何度目かにみんなが一斉に笑ったあと、若い看護士さんがやって来て静かにするように注意された。
大きな河の水が静かに流れるようにゆったりと刻んでいた江角君との時間とは異なり、みんなとの時間は激流のような速さで過ぎて行く。
気が付けばお母さんが車で迎えに来ていた。
私が車に乗る時、同じ方向へ帰る里沙ちゃんと今川さんと宮崎君も誘ったけれど、今川さんは「私たちも鮎沢先輩たちに負けないように、ここはお断りして宮崎君と仲良ししながら帰ります」と断られ、結局里沙ちゃんと二人で後部座席に乗る。
それにしても、お母さんがナカナカ戻って来ない。
支払いに手間取っているのだろうか?
それとも、私が倒れた理由が単なる過労ではなくて、恐ろしい病気なのだろうか?
なんてことを考えていると、お母さんは女医さんと一緒に仲良く談笑しながら病院の玄関から出て来た。
女医さんは、お母さんより少し若い気がするけれど、こうして比べて見ると美人の度合いは大分違って見える。
友達から「千春のお母さんって綺麗」って参観日の時とかよく言われるけど、お母さんは普通の主婦として美人なのに対して、女医さんは芸能界にでも入れそうなくらいの美人。
「千春ちゃん、今晩はゆっくり休むのよ」
美人の女医さんについて考えていたものだから、当の本人に至近距離で目を合わせ、話し掛けられて心臓がドクンと相手に聞こえるくらいの音で脈打った。
「じゃあねぇ」
「明日元気で出て来るんだぞ!」
「また学校でねぇ」
車が発進して、後ろを向いてみんなに手を振った。
今までベッドで横になっていた病室のカーテンも手を振るように揺れている。
離れて見て分かってきた。
所々ペンキの剥がれた白い洋館は、通学路の一つ奥の通りにある。
趣のあるその洋館の前を何回か通った私たちは、そこを“ハンター邸”と名付けていた。
今、そのハンター邸が小さくなって行く。
あの部屋のカーテンが、まだ私に手を振ってくれていた。





