ハンター坂⑧
「えーっと、紘ちゃんはチョット外してくれるかな」
女医さんは江角君の事を名前で呼んだ。
それも「ちゃん」付けで。
昔の有名な画家や音楽家などには、よくパトロンと言って経済的に支援してくれる人が付くとは聞いていたけど、まさかこの人が江角君のパトロン?
そう思いながら私が女医さんを見つめていると、女医さんのほうも私を見ていて、慌てて目を逸らす。
だけど女医さんは私から視線を外さずにクスッと微笑みながら、近づいて来て私の腕を取る。
えっ何?
驚いて思わず手を引っ込めようとする私に「脈を取らせてね」と言った。
私ったら、なにを焦っていたのだろうって恥ずかしくなり俯く。
脈の次は血圧を測ってもらい、最後は胸と背中に聴診器を当てられた。
「だいぶ体調回復してきましたね」
そう言われてコクリと頷くと、なぜかまたクスッと笑った気がした。
「紘ちゃん最近会いに来てくれなくなったと思ったら、貴女と浮気しているのかしら?」
私の背中に聴診器を当てながら悪戯っぽく言われると、心臓が驚いたように大きな太鼓を打ち鳴らす。
「前はよく泊るに来てくれたのよ」
えーっ。江角君と、この女医さんの関係って、一線を越えているの?
変なことを考えてしまうと、太鼓の打ち手が暴れるように乱れ打ち。
「私の布団に直ぐ潜り込んできていたのに、最近それがないから、おかしいと思っていたの」
うわっ、何?一緒のお布団なんて。
なんか心が晴天の日の台風みたいな複雑というか変な気持ちになったとき、廊下から江角君の声がした。
「それは僕が未だ小さい子供の時の話だろ」
声が近づいてくる気がしたので振り向くと、珍しく膨れっ面をした江角君が部屋に入って来る。
聴診器での診察が終わったところだったけれど、驚いた。
だって、あのクールな江角君が感情を顔に出して、何の断りもなしに診察中の部屋に入って来るんだもの。
「あら、紘ちゃん聞いていたの?」
「おばさんが、変なことを言って鮎沢をからかうんじゃないかと思っていたら、案の定」
江角君から、おばさんと呼ばれた女医さんは、てへっと、頭のてっぺんを手で軽く叩くようにして笑った。
「鮎沢、超純情なんだから、止めろよな、な冗談」
その言葉を聞いて、やっとまともに江角君の顔を見る事が出来た私に、この女医さんが江角君のお母さんの妹さんで、この病院があのハンター邸だと言う事を教えてくれた。
確かに白い部屋から見る景色は眺めが良くて、寝ていると空しか見えない。





