ハンター坂②
自由曲、カノンの出来栄えは良かった。
演奏していて、瑞希先輩は屹度この曲の様に、鶴岡前部長の後姿を追っているのだろうと思った。
他の皆も一緒。小林君はマッサンの背中を追って、宮崎君は江角君を、恥ずかしいけれど今川さんは私を、そして私は兄と美樹さんの背中を追いかけているのだろう。
私たちは全ての演奏が終わったとき、充実感に支配され、結果を気にするものは誰一人いなかった。
その余韻は審査発表の時まで続き、全国大会出場が決まったときには、驚きの感情のほうが嬉しさよりも先にやって来たくらいだった。
帰り支度でバスに楽器を積み込んでいるとき、みんなでワイワイ楽しく騒ぎながら作業を進めていた。
急に後ろから誰かに鋭く見られている気がして振り返ると、通り過ぎて行くバスの窓際の席に座っている福田さんが見えた。
私は手を上げて挨拶をしようとしたけれど、福田さんの目は私が手をあげることを許さないように冷たく見え、私は上げようとした手を肘の高さで止めてしまい、その横を福田さんを乗せたバスが通り過ぎて行く。
バスの高い位置で福田さんはまっすぐ前を向いたまま、まるで私に気が付いていないような顔をして進行方向を睨むような眼で見ていた。
ひょっとしたら最初から福田さんは、私になんか気が付いていなかったのかも知れない。
大会を終えて学校に戻り、バスに仕舞った物を今度は三階の部室まで運んだ。
体力的にかなりきつい。
だけど誰一人不満を漏らしたり嫌がるものはいなくて、私たちは最後の体力・気力を振り絞って早く丁寧に大切な楽器や機材を片付けた。
「もう限界。歩くの怠ぃ~」
帰り道、マッサンが弱音を吐くと瑞希先輩が、みんなを引っ張る立場の上級生が先に音を上げてどうするの?と呆れていた。
里沙ちゃんが「じゃあ体力作りにハンター坂を帰りますか?」と笑って言葉を掛けるとマッサンは急にシャキンとして笑わせた。
みんなが一旦立ち止まり、小高い丘になっている一本隣の通りの頂上に立つ真っ白の洋館を見上げた。
なんていう名前か分からないけれど、私たちはその洋館をハンター邸と呼んでいて、ハンター邸に繋がる坂道をハンター坂と呼んでいる。
そして私たちは直ぐにまた歩き始めた。
「?」
前を歩いていた江角君の姿がない事に気が付いて振り返ると、江角君はまだ立ち止まったままハンター邸を見上げていた。
「えすみくん」
小さく掛けた私の声に、ゆっくりと反応して歩き出した江角君。
私はさっきまで江角君が見上げていたハンター邸を見上げてみた。
夕焼けに赤く染められた白い洋館には、金色に輝く窓があり、その窓の向こうから誰かが私を見ているような気がした。





