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屹度私にはシミしか見えないベッドだけれど、足立先輩とお母さんにはその上に寝転がっているミッキーの姿が見えるのだろう。
ベッドの上に居るミッキーは、どんな表情をして久しぶりに演奏されているこの曲を聴いているのだろう?
病気と闘っているときの苦しい顔だろうか?
それとも元気な頃のリラックスした明るい顔だろうか?
この部屋は足立先輩の部屋だけど、ひょっとしたら……いえ、未来の私の部屋なのかも知れない。
ペットとの思い出が詰まった部屋。
忘れる事、捨て去る事が出来なくて自分を縛りつけてしまっている部屋。
足立先輩の演奏が終わったとき、部屋の中が暖かな光で包まれている錯覚を覚え思わずロンの顔を見た。
ロンも同時に私の顔を見上げていて、私は目を合わせて驚いた。
確かにその顔はロンの顔なのに、一瞬だけミッキーの楽しそうな顔に変わったかと思うと直ぐにロンの体を離れ足立先輩に纏いつき、最後には演奏を終えた先輩が摩っているベッドのシミの上に仰向けに寝転がって満足そうにしている。
「せつ、先輩……」
思わず、先輩の名前を呼んでしまうと「しーっ」と静かにするように指で合図して
「今ね、久しぶりにミッキーのお腹を撫でているの……」
とシーツを撫でながら言う。
確かに、私にもシーツに透けそうになりながら撫でてもらっているミッキーの姿が見えるけれど……。
後ろにいるお母さんを振り向くと、屹度お母さんにも見えているのだろう涙を拭おうともせずにベッドを見ながら微笑んでいる姿がそこにあった。
直ぐに強い光に包まれるようにしてミッキーは居なくなった。
幻想なのか、それともミッキーの魂がここへ戻って来たのか分からないけれど、確かに私たちはそれを感じた。
足立先輩と私の違い。
それは過去に囚われているか、今を生きているかだと思う。
足立先輩は大切にしていたミッキーに先立たれて、そしてその命を自らの判断で奪ってしまったのではないかとの後悔の念に自分自身を縛ってしまい、今を生きられなくなった。
同じ犬を飼う立場として、それはいつの日にか私にもやって来る未来。
犬の一生は短い。
そして、その日はいつやって来るかも分からない。
そのとき私はどうなるのだろう……。





