前へ㉓
家族全員の同意のもと、先生が往診バックの中から一本の注射器を取り出す。
「いいですか?」
先生は最後の確認をして、私たちが頷くとそれを優しくミッキーの体に打つ。
家族みんな泣いていた。
いつもひょうきんな、お父さんまでもがミッキーの名前を呼びながら泣いていた。
私もミッキーの細い前足を握ってミッキーの名前を呼んだ。
ミッキーはいつものように少しだけ目を開き、そして瞑った。
これでミッキーは苦しさから救われるのだ、別れるのは辛いけど、これで良いのだ、これしかないのだと自分に言い聞かせてミッキーの爛れた頬に顔を擦りつけて名前を呼んだ。
ミッキーはもう目を開けなかった。
その代り……。
その代り、私は見た。
名前を呼ばれたミッキーが尻尾を持ち上げて揺らすのを。
“ミッキーは未だ病気と闘っている!”
そう感じた瞬間、目の前にあったミッキーの鼻からフ~っと言うため息が漏れ、尻尾が下がって行く、頬を支えていた手にミッキーの頭の重さが委ねられた。
激しくミッキーの名前を何度も叫んだ。
だけど、もうミッキーが私の声に反応することはなかった。
私たちの判断は間違っていたのだ、ミッキーの安楽死について、誰一人当事者であるミッキーの同意を得ていなかった。
足立先輩の話を泣きながら聞いていた私は、終わったときも暫くは顔を……いや、体さえ起こせなかった。
漸く顔を上げたとき、話をしてくれた足立先輩の机の上に置いてある写真が目に入った。
それは、その十歳の誕生日の時に撮影されたものだろう、蝋燭に見立てた十本のおやつが挿してあるお手製のケーキの前で飼い主の食べてもいい合図を、待ち遠しそうに待っているミッキーの明るい活き活きとした表情の写真だった。





