木管大戦争㉑
頬を伝う涙が先なのか、観客の拍手が先なのか分からなかった。
でも、いつの間にか瞼から零れ落ちた涙の一滴は頬を伝っていた。
お辞儀をするために俯いた時、その涙の滴が床に零れ落ち床に小さな玉となって光る。
その小さな玉をよくみると、お辞儀をしている私や舞台の袖で見守ってくれていた仲間と伴奏してくれた鶴岡部長、そして拍手してくれている人たち……よく見ると、その中には笑顔で真直ぐに私を見ているロンも居た。
驚いて慌てて顔を上げてロンの居たほうを探したけれどロンは居なかった。
当たり前と言えば当たり前。
もしも誰かがロンを連れて来たとしても、講堂になんて入れるはずもない。
拍手してくれている人たちの一人一人に感謝したい。
そして伝えたい。
私の演奏を支えてくれているものが誰なのかを……そして、その最も聞いてもらいたいロンがいつも此処に居ないことを。
再び頭を下げ、お辞儀をした。
まだ残っていた涙の滴を見ると、この講堂という空間に居るもの全てが、この小さな球体に収まっていたけれど、もうそこにロンの姿は見つけられなかった。
スカートのポケットからハンカチを取り出し、床に零れた涙を優しくすくう。一瞬でもロンを映し出してくれた涙の粒を愛おしく思ったし、誰にも踏まれたくなかった。
舞台の袖に隠れるときに鶴岡部長と目が合った。
鶴岡部長の目は、いつになく優しく、そして拍手で見送ってくれていた。





