木管大戦争⑳
これから演奏する「君をのせて」は、誰でも知っている有名なアニメの挿入曲。
私には小林君のように人を愉快にさせたり、里沙ちゃんのように盛り上げたりする才能はないし、マッサンのような意外性もない。
ましてや卓越した技術もない。
私に出来ることは、ただ心を込めて演奏する事。
リードに息を送り指でキーを抑え、寂しくて澄んだ音を出すと苔の生えたロボットが小さな花を持って歩いている映画のシーンが思い浮かんだ。
彼は、主のいなくなった王宮で毎日与えられた仕事を永遠に続ける。屹度それは王宮の殆どが壊れてしまい空から宇宙に登ってしまっても。
そんなことを思い浮かべながら演奏し始めたのに、急にロンの顔が浮かんできた。
ロンは、今日ここには来られない。
保護者でも中学生でもないから当たり前なのだが、学園祭やコンサートなどの誰でも入れるイベントでも会場が屋内である限り、ロンには来るチャンスすら与えられないのだ。
家の中に閉じ込められ散歩の時にしか外に出られないロンは、自由という物が極端に制約されている。
好きな物を好きなだけ食べることもなく。
好きな時に好きな所へ行くことも。
好きな恋人と一緒になる事も出来ない。
飼い犬ではなくて、野犬だったら自由で良いだろう。
だけど、日本ではそれは許されない。
野犬になってしまうと保健所に捕まえられて、最悪だと殺される。
ロンたちのように、犬が人間社会で生きていくには飼い主と生きていくしかないのだ。
それなのに、ロンたちは飼い主に純粋な愛情をもって接してくれる。
毎日家で飼い主の帰りを待ち、飼い主に散歩に連れ出してもらい、ご飯を与えられ、そのひとつひとつをとても喜んでくれるロン。
演奏しながら、今まで続けてきたロンとの生活を思い出し、この先も続く生活を想像していた。
共に老いることはない。
おそらくロンは私が三十歳になるまでには確実に死んでしまう。
寿命が違うから。
そう思うと、今まで私はロンに何をしてあげられたのだろうと思ってしまう。
そして先に老いてしまうロンに、何をしてあげられるのだろうと。
ロンの深い愛情に報いるだけのものを見つけたいと思いながら、老いないロンと永遠の散歩をする私たちを思い描きながら曲を終えた。
リードから口を離し、目を開けて久しぶりに現実世界に戻ったように会場に目を向けると、そこはシンと静まり返っていた。





