木管大戦争⑨
「おそらくB,Cグループの三年生は当てにならないわ」
「じゃあ二年、一年で戦うんですか?」
「そうなる」
「勝てますか?それで……」
瑞希先輩と里沙ちゃんの会話に江角君が口を挟む。
「充分勝てると思うよ」
不安な面持ちの里沙ちゃんや江角君とは好対照に、瑞希先輩は自信満々に応えると私にウィンクしてきたので驚いて俯くと、私を見上げていたロンと目が合った。
時間も遅かったので、暫く話をしてみんなが返った。
玄関から送り出し、居間に運んでいたコップなどを片付けて台所に運ぶとき、いつもは私の足元をチョロチョロ着いて来るロンが居ないことに気が付いた。
廊下を振り向くとロンは玄関のドアに向かったままお座りしている。
「もう、みんな帰ったよ」
そう声を掛けながら、私がこんなのだから寂しい思いをさせちゃってゴメンね……と居間のテーブルを拭きながら呟いた。
ロンはマリーも好きだけど、同じくらい瑞希先輩も好きだし里沙ちゃんも好きなのに。もちろん女の子だけでなく江角君の事も気に入っているのは分かっている。
もっとみんなと気楽に遊べたらロンも嬉しいだろう。
“ピンポーン”
テーブルを拭いているときに玄関のチャイムが鳴った。
誰か忘れ物をしたのかしら?
忘れ物なら里沙ちゃんだ!勝手に決めつけてニヤニヤ顔で玄関を開け驚いた。ドアの向こうに見えたのは瑞希先輩の顔。
瑞希先輩は私の顔を見てクスッと笑った後、鞄から楽譜を取り出して「忘れていたわ」と言って渡してくれた。
手に取ったその楽譜には“ライヒャの木管五重奏曲ホ短調op,88-1 1st”と書かれてあり驚いていると、「すごく楽しい曲だから今度一緒に演奏したいなと思って」と悪戯っぽく笑い、私の手を握る。
細く白い手を見つめたあと、再び顔を上げたときに見た瑞希先輩の顔は、もう笑ってはいなくて静かで真剣な表情だった。
「はい。頑張ります」
何故か、そんな返事をしてしまうと、瑞希先輩は安心したようにニッコリ笑顔を見せてから踵を返しドアの向こうに消え、私がそれを追いかけるように外に出ると、もう瑞希先輩は自転車に乗り走り出した。
ロンと私は、街灯の中その姿が夜の闇に消えるまで見送っていた。





