木管大戦争⑥
「ライヒャの木管五重奏曲ホ短調op,88-1 1stとは敵ながら良い曲を選んだものだな」
「えっ!何それ?」
江角君の放った一言に、里沙ちゃんが問いかける。
「この曲はソロ、デュオ、トリオ、カルテット、クインテットと一曲の中で目まぐるしく変わりながら進んでいく曲だから日ごろから共に練習していないと出来ない曲さ。少しでもタイミングがズレると、素人の耳でも直ぐに分かる。それに……」
「それに?」
今度は私が聞いた。
「それに、本来この曲はサックスじゃなくてホルンが入るんだ。……まあ金管から助っ人を呼びたくなかったのかも知れないけど、ホルンの代わりに入るサックスには低音が要求される。立木、お前チャンと低音出せるのか?」
「えーっ。低音時々引っくり返るからヤダよぉ~!」
「別に立木が担当するとは思えないけど、慣れた奴じゃないとサックスも難しいんだ」
「失礼しちゃうわね!」
里沙ちゃんの膨れっ面が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「いくら瑞希さんのフルートが旨くても、他の四人が少しでも失敗したら台無しになる曲。そして上手に整えたとしても、ソロとデュオでは個人の実力を問われる曲。だから、日ごろから副旋律ばかり練習させられているB,Cグループには最も不向きな曲だと言えると思う」
「ひぇ~。あの山下って女、どこまで卑怯なの!」
里沙ちゃんが怒っていたけれど、受けた以上あとの祭り。
「ねぇ江角ぃ。サックスも出来るんでしょ?誰かの代わりに入ってよぉ」
「アホか!俺は金管だから、この戦争には関係ない部外者だ!」
江角君の返事に、シュンとする里沙ちゃん。
屹度B,Cグループで信頼できるサックスが思い当たらないのだろう。
一同が静まり返ってしまったところで急にロンが、はしゃぎ出して吠えた。
「シッ!静かにしなさい」
私が制止するのも聞かずに、ロンは里沙ちゃんと江角君の間を飛び越えてドアの前で腰を揺らしている。
尻尾が有ればそれを振るのだろうけれど、それは私の不注意で切り落とすことになった。
むかし有った長い尻尾。
それが今も有ったなら、もっともっと愛らしく可愛いはずなのに……そんなことを考えてしまい涙が滲む。
それにしても、ロンがこんなに喜ぶなんて誰だろう?兄?
“ピンポ~ン”ドアのチャイムが鳴ったので、里沙ちゃんにロンを押さえてもらいドアを開けた。





