河原の練習場⑩
瑞希先輩に大学の吹奏楽部に見学に連れて行かれるうちに、耳が良い音を覚えたのだ。そして良い音を覚えると、それを出そうとする。
指の練習は遅れていると思うけれど、これはいくらでも挽回できる。
それに比べ、良い音と言うのはナカナカ自分のモノにならない。
そればかりか自分の音を持っていない人さえも多い。
今、里沙ちゃんは自分の音を持とうとしている。これは里沙ちゃんの今後の演奏活動にとって大いにプラスになる事だと思う。
里沙ちゃんに草笛を演奏してもらったあと、やっぱり一緒に演奏したいと言われてリードを口に咥えると、いつの間にかロンとマリーが茂山さんを連れて私たちの前にお座りしていた。
「まあ!可愛いお客さんだこと」
私がロンとマリーに笑顔で微笑みながら言うと「警備員約一名」と里沙ちゃんが茂山さんを指さして笑いを取った。
草笛を演奏している間、さっきまで激しくじゃれ合っていたロンとマリーが、嘘のようにおとなしく寄り添っていて、まるで恋人同士がロマンチックなコンサートにでも来ている様な好い雰囲気をかもし出していた。
マリーに出会うまでは、あんなに私にベッタリ寄り添っていたのにと、少しヤケル。でもロンに本当の彼女ができたことは本当に嬉しい。しかも美人だし気立ては良いし、それに瑞希先輩の家の娘だし。
草笛の演奏の次にボレロをやろうと思って楽譜を出したとき、江角君が持ってきてくれた楽譜と里沙ちゃんが持っている楽譜が違うことに気が付いた。
江角君の持ってきてくれた楽譜は、ソロパートの主旋律。そして里沙ちゃんが持っている楽譜はバックグランドの副旋律。
私は里沙ちゃんが楽譜を忘れて来たのかと思って聞くと、里沙ちゃんはこれしか配られていないと答えた。
誰からもらったのか聞くと三年生の山下先輩からもらったと答えた。
山下先輩は木管グループのリーダー格でクラリネットの担当だ。





