ただいま募集中⑩
“マズい!能天気な伊藤君に先輩であることをまだ言っていない……”
「やあ!初めまして。俺、相高の吹奏楽部でトランペット吹いてます。中学時代はこいつらと同級生だから遠慮なく宜しくです」
案の定、伊藤君は超フレンドリーに挨拶してしまい、瑞希先輩はクスクスっと手を口に当てて笑ったあと
「百瀬瑞希です。宜しくお願いします」
と、学年を伏せたまま挨拶したものだから、伊藤君は調子に乗って
「ここでは一緒に練習してあげられるけど、コンクールではライバルなのを忘れないようにね!」
と、偉そうなことを言って
「さあ!練習!練習!」と手をパンパン叩いてからトランペットを取り出した。
江角君もトロンボーンを取り出して困った顔をしながら、フルートとオーボエ、サックスならビゼーのカルメンとか ベートーヴェン三重奏曲ハ長調OP,87とか、他にもアレンジすれば色々ありそうだけど、そこにトランペットとトロンボーンが入るのは難しいのではないかと言い出した。
言われてみれば楽器があれば何でも組み合わせて演奏できるとは限らない。
木管五重奏には金管楽器のホルンが入るけど、その他の金管楽器と一緒に演奏する小編成はあまり知らない。
折角集まったのだからバラバラで演奏するよりも、何か一つでも一緒に演奏したいと思って考えていたけれど、この組み合わせは難しいのか江角君でさえ頭を抱えてしまった。
何を演奏しようかと悩んでいる私たちの所に兄がロンに連れられて、そしてマリーはロンを追いかけ茂山さんを連れて帰ってきた。
私たちが悩んでいる内容を聞いた兄は暫く考えたあと、思い出すように言った。
「ボレロは?」
「ボレロかぁ!!」
兄の言葉にみんな一斉に言った。
私たちは一緒に音を出すことばかり考えていたけど、ひとりずつ順番にパートを受け持ってゆくボレロなら一緒に楽しく演奏できる。
しかし殆どクラシックなんて聞かない兄なのに、よく分かったものだと不思議に思いながら感心していた。
残念ながらボレロの主役たる小太鼓のリズムを取れるほどの人はこの中に居ないので、仕方ないけれど兎に角やってみようと言うことになり、江角君が即興でノートに楽譜を書いて暫くは各自練習することになった。
そして準備が整ったところで、みんなで演奏を始める。
小太鼓のリズムがないので入りにくいから、お店でよく音楽を聴いている茂山さんに即興で指揮をしてもらうことになったけど、なんだか似合わなくて笑いそう。
茂山さんの合図で、最初の独奏パートを瑞希先輩が奏でる。
静かに入って行くメロディーは繊細な注意が必要で難しいのに、先輩の吹くフルートの音色は感情豊かに小さな音なのに大きく心を揺さぶってきた。
それと同時に鶴岡部長の声が頭に浮かぶ
『フルートの奏者を探している』





