いとぐち①
夜に里沙ちゃんから電話が入った。
あのあとサックスをメンテナンスしてもらったけど、部長の態度には納得がいかない。
当然、本番を前にしてメンテナンスができていない楽器を持ちこむ訳ではない。
入ったばかりの新人、しかも覚えたてなのだ。
たしかに鶴岡部長の態度には問題があるように思えたけれど、理不尽とは言えない気もする。
演奏者にとって上質の音を出すことは当たり前であり、そのためにみんな努力をしている。
私だって同じだけど、その上質の音を提供するには当然個人差が出る。
上手い下手は勿論、感情表現やリズム。
そして音感。
音楽をする人全員が絶対音感を持っている訳ではない。
むしろ、そうでない人のほうが多いと思うし、私も絶対音感なんて持ってはいない。
だから微妙な音のズレは経験でカバーするしかない。
里沙ちゃんのように、楽器の経験が短いと気が付きにくいのは確かだけど……だからと言って……。
鶴岡部長の言い分も分る気がするし、里沙ちゃんの言い分も分る気がする。
結局私は、考えても何も結論に到達しない迷路を彷徨うだけ。
「はぁ~っ……」
つい溜め息が出てしまったとき、いつのまにか来ていたロンが、ひざに手を乗せてきた。
「んっ?散歩かな?」
顔を覗き込むと、ペロンと鼻先を舐められた。
玄関を出ると急に寒い風が吹いてきた。
冬みたいに寒くはないけれど四月に入って薄着になったから体感温度は冬並みに寒く感じる。
ロンと一緒の散歩するようになって六年。
最初はロンのペースが分からなくてクタクタに疲れることもあったけど、最近はロンのペースが分かったというより、お互いがお互いのペースを分かり合っているから自然だし、なによりも楽しい。
高校デビューした今、いろんなことでクタクタに疲れる。
部活もそうだけど新しいクラスも気を使ってばかりで疲れる。
小学校から中学に上がった時は、そんなこと感じなかったのになと思っていた。
いつもの公園のベンチに近づくとロンはペースを緩めて私の顔を見上げた。
「ありがと!じゃあ今日はチョット休憩して帰るね」
そう言ってベンチに腰掛けた。
夜空を見上げると、夜空を支配する物はオリオンから北斗七星に代わっていた。
ロンは傍らで夜空を見上げる私の顔を見ていた。
星々を眺めながら、そしてロンに見つめられていると静かに幸せが染みてくる。
「ロンの、おもいやり」
「おもてなしなのかな?」
そう言ってロンの頭を撫でたとき、ふと頭を過ったのは今、自分の口から出た言葉。
「ひょっとして、あなたはコレを私に伝えたかったの?!」
私はロンの目を見つめて言った。





