高校デビュー⑤
一斉練習は見事に音が揃い、鶴岡部長の指揮棒の動きに吸い込まれるように音も、そして部員たちの体も動いていた。
私達が中学生のとき、楽譜やリズムを追うのに必死で、できていなかったのが表現力だと言うことが直ぐに分かってしまう。
もちろん基本的な音の質も格段に違った。
私がこの学校に来て、体育館二階席中央で演奏する吹奏楽部に感動していたのは場所だけではなかったのだと感じた。
この澄んだメロディーと乱れることのないリズム、それに耳と目から豊かに伝わってくる表現力などがあるからこそ、あの体育館二階席中央という場所が特別な場所に見えたのだ。
現にこの殺風景なただの広い教室であるこの音楽教室さえが吹奏楽部の特別な部屋に思えてくる。
二曲ほど演奏したあと鶴岡部長が私達見学者に目を向けて、入部手続きが済んだ人は来週月曜日の放課後練習から参加するように再度伝えたあと(入部手続きの時にも言われた)その間に楽器のメンテナンスをしっかりしておくように言い、私たちを解散させた。
『あれ?特に“鬼”って言われるようなところってなかったじゃない……』
帰り道に私がそう考えていると里沙ちゃんに後ろから抱きつかれて、今日先輩に教えてもらったことや聴いた音楽が素敵だったこと、それにソフトを辞めて吹奏楽に入って良かったと大喜びしていた。
里沙ちゃんは別れ際に、猛練習して早く私や他の部員に追いついてやるんだと、ソフトボールで鍛えられた根性で頑張ることを宣言した。
たしかに、中学で三年間やっていた実績など通用しそうにもない全然違うレベルだから私も頑張らないといけないと思い、家に帰ってから直ぐに練習した。
あんまり練習に集中していたらロンが私の膝に、お手を繰り返してきて散歩を忘れていたことに初めて気が付いた。
「ごめんね。ロン!」
夜中に散歩に出ると、北にある山から吹き下ろしてくる風は冷たくて冬の臭いがした。
公園の桜の木は、花は全て散ってしまい若葉が沢山出て、地面にはこの木が桜の木で、つい最近まで花を咲かせていたことを示すように花びらが散りばめられていた。





